奨励会「先輩」「後輩」の人間関係
――やや込み入ったことをお聞きしますが、奨励会幹事という立場上、会員同士の人間関係に気を使わなくてはという苦労もあるのではないでしょうか。
中村 何かやらかすような子はいましたね。鬱屈した気持ちが外に出てしまいます。ただ将棋に関しては嫉みがあっても、強い子を嫉んでも仕方がありませんから。もっというと私の奨励会時代は賭け将棋で弱い子が小銭を巻き上げられるようなころです。みな、圧倒的にお金がなく、学校にも行っていません。
時間だけがある状況で、将棋ばかりやっている人、遊んでばかりの人、他の仕事をしている人の3パターンです。親御さんに文句を言われても「じゃあ奨励会をやめてください」で通った時代です。当時の理事も奨励会員にきつかった。幹事としては自分が奨励会員の気持ちを代弁しなくてはいけないと思いましたね。
北浜 当時は先輩が注意をするのが当たり前で、私も兄弟子にすべて教わりました。といっても中村先生はすでにタイトルホルダーで雲の上の人でした。小河直純さん(元三段)です。奨励会の対局では後輩が先に座って待っているのが当然で、後輩が遅れてきたら怒られるような時代です。
今は自分から注意したくない、盤上で仕返しされるのがイヤだと思う者が多数です。だから「挨拶ができない」「記録の姿勢がいい加減」などということについては幹事の自分が直接その会員に言いますし、気づいた時も私に言いなさいと伝えています。これも時代ですよね。
黒沢 私が入会したころはまだ怖い先輩がいましたね。
北浜 自分の時にも悪い遊びに誘ってくる先輩もいましたけど、小河さんは連盟野球部のキャプテンを務める身長190センチくらいの偉丈夫で、ガードしてくれていました。感謝しかないです。
「谷川を負かす会」という存在
――そもそも、先輩から理不尽なことをされた時に盤上で仕返ししてやるという気持ちは出てくるのでしょうか。
全員 ありません。
北浜 みんな自分のことで精いっぱいなんです。
中村 アマチュア時代に目立った成績を上げて入ってくる子に対し、古参の会員が負かしてやろうという気持ちにはなっていたかもしれません。
――有名な話だと、谷川浩司十七世名人の奨励会時代には「谷川を負かす会」があったと聞きます。
中村 ただ、結局それは本人にとってプラスになりますからね。ガチンコで向かってくる相手と戦えば絶対に強くなります。