冨田 自分の番がきた頃には、「いけそうかな」という精神状態ではありました。演技中は、今まで経験したことのないような感覚で、気持ちがよかった。コールマンという離れ技を成功させたとき、会場が演技中でも分かるほどに沸いていて。オリンピックの最終演者で、しかも金メダルがかかっていて、全世界に注目されている。こんな瞬間って今後一生味わえないだろうなと思っていました。
――本番になって突然、車輪を1回増やしたそうですね。1ミリのズレもないように緻密に計算された演技中に、瞬時に予定外の技を入れられるものなんですか。
冨田 技を追加するのは難しいけど、車輪を1回増やすぐらいは大丈夫です。なんというか……、体操選手にとって車輪を増やすのは、皆さんが歩く距離を少し伸ばすのと同じようなもの、という感じです。
回転している時に目が回らないのかとよく聞かれるのですが、鉄棒を見ながら体を動かしている感じなので、目が回ることはないですね。鉄棒で一番難しいのは着地。鉄棒から手を放す瞬間、回り過ぎたとか足りないとか分かるので、それを空中でどれだけ修正できるかにかかっています。
どんな体勢でも着地を止めたいと思っていた
アテネの時は鉄棒から手を放し、空中動作に入るときにちょっとずれた感覚があったんです。それで、空中で回転力を活かしつつ、無理やり着地に持っていった。だから見る人が見れば、完璧な着地ではないのが分かる。本来なら片足が出てしまうような着地なんです。私はどんな体勢でも着地を止めたいと思っていたけど、実際は会場のみなさんの歓声が止めてくれたんだと思いますね。
あの瞬間というのは、重くのしかかっていた重圧が一挙に外に噴き飛んだようで、着地した瞬間の解放感は、言葉では表現できないものでした。
ただ、団体金メダルの興奮を、そのまま引きずることはなかったような気がします。帰国してもフィーバーは続いていたけど、どこか冷静でした。団体の後に行われた個人総合、種目別でも金メダルを狙っていたので、それが達成できなかったことの悔しさの方が大きかったのかなと。