「記録文学の巨匠」吉村昭氏は、戦史文学でも非常に優れた多くの作品を遺した。『戦艦武蔵』『帰艦セズ』『深海の使者』『総員起シ』などがその代表作だが、その圧倒的リアリティを支えたのは、氏がたった一人で行った太平洋戦争体験者への膨大な数の証言インタビューだった。
その数多の録音テープ記録から、選りすぐり9人の証言を集めた『戦史の証言者たち』。本書から、2回も沈没した数奇な運命を持つ伊号第三三潜水艦が引き揚げられた際に、内部を撮影したただ一人の新聞記者・白石鬼太郎氏の証言の一部を紹介する。(全2回の第2回/前編を読む)
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どの遺体も口を大きく開けていた
吉村 びっくりしたでしょう、驚いたでしょう。
白石 驚きました。「アッ」と叫びましたよ。叫んだのでガスを自然に吸ってしまって、涙がポロポロ出る、鼻はツンツンする。気持もイライラしてきましてね。でも、私は、それに耐えて、その手を見つめ、握ってみたんです。そうしたら、ヘチマ――風呂で使いましょう(編集部注:使うでしょう、の意)、あれをギュッと絞ったような繊維質の感じでした。
吉村 もちろん血液はないんでしょうね。
白石 ありません。髪の毛が伸び、爪も伸びておりました。
吉村 髪と爪がですか。
白石 ぼくら医学的なことは知りませんが、死んでも髪と爪の組織は少しの間生きているのか、と思いましたよ。戦時中、海軍では、爪が伸びているとケガをするので、爪はきれいに切っていたはずなんですよ。
吉村 どのぐらい伸びていました。
白石 5センチ近かったです。
吉村 付け根から5センチもあるんですか。
白石 あッ、そんなに伸びてませんでした。まァ5ミリから1センチ近くだったでしょうね。
吉村 髪は?
白石 髪も伸びてましたよ。
吉村 どのぐらい伸びていました。
白石 5センチぐらいでしょう。今でこそ長髪の者もいますけど、水兵はイガグリ頭でしたからね。爪と髪以外の特徴としては、口の中の色でした。懐中電灯で口の中をのぞいて見ましたが、病気で口内炎というのがありますわね。口の中が真っ赤になって、歯茎を硝酸銀で焼かな直らんような高熱が出ます……あの口内炎みたいに真っ赤でした。