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マンガ以上にアニメ版で丁寧に描かれた「骨上げ」のシーン

  そして「第3話 自分のために」では、高専学長の夜蛾正道に「呪術師に悔いのない死などない」、祖父の遺言を理由に呪術師になったら「大好きな祖父を呪うことになるかもしれんぞ」と忠告される。

  つまり、1~3話で本作は「死とは何か」という問いかけが、多角的な視点から描かれるのだ。

  この問いかけはアニメ版では、より厚みを持って描かれており、漫画では描かれなかった葬式で火葬した祖父の遺骨を虎杖が箸で拾う「骨上げ」の場面まで描かれている。

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  アニメ版『呪術廻戦』は、本誌連載では省略された描写を補完する場面が多く、作品のテーマが、よりわかりやすくなっている。

  この「骨上げ」のシーンは最たるもので、漫画以上に虎杖にとって祖父の存在が大きかったことが伝わってくる。 

「死」をめぐる強迫観念的な葛藤の存在感

  序盤で描かれた「死をめぐる問いかけ」は、劇中で何度も繰り返されるのだが、話が進むにつれて、殺される被害者の心情だけでなく、自分が殺す立場になってしまうという「加害の責任」の問題まで描かれるようになる。

  それが強く描かれたのが、特級呪霊・真人との戦いの場面だ。

  真人が生み出す改造人間は、真人の術式「無為転変」によって人間を怪物化した存在だ。真人が仕向けた改造人間を殺した虎杖は、自分がやったことを殺人だと実感し、自分のやったことは正しいのだろうか? と思い悩むようになる。

虎杖悠仁(『呪術廻戦』PVより)

  また、虎杖は宿儺に肉体の主導権を奪われた際に、宿儺が放った術式によって多くの一般人が命を落としてしまう。そのことを知った虎杖は自分が殺したのと同じだと自責の念に囚われる。

  宿儺が虎杖の肉体を用いておこなった虐殺は、虎杖の罪となるのか? というテーマは物語終盤まで引っ張られ、弁護士出身の呪術師・日車寛見との対決を通して擬似裁判まで開かれる。この繰り返し描かれる「死」をめぐる強迫観念的な葛藤こそが『呪術廻戦』の一番大きなテーマだったのではないかと思う。