中国の古びた団地、楊寧の実家へ

 そうしたなか、捜査本部は警察庁を経由して、8月15日に在中国日本大使館を通じ、中国の公安当局へこの事件の概要を伝える。当然ながら、その場では日本に留学していた、日本語学校生の王亮(21)と、私大生の楊寧(23)が、事件に関与した疑いが濃厚であることが明かされた。すると、まず同月19日に遼寧省で王の身柄が、続いて27日に、北京市で楊の身柄が拘束されたのだった。

 9月上旬から中旬にかけて、私は中国・吉林省長春市にいた。そこで住所を手掛かりに、通訳と共に向かったのは古びた団地である。茶色い外壁の7階建てのその団地の階段を上り、目指す部屋に辿り着く。

 そこは中国で身柄を確保された楊寧の実家だった。

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楊寧

 最初、玄関から顔を出したのは母親である。私が自分の職業と名前、日本から来たことを話すと、彼女は一旦室内に戻り、続いて怒りで歪んだ表情の父親が姿を現した。

角張った顔立ちに実直さが表れている父親

「これまで日本の記者が何人かやって来たが、なにも話すことはない」

 そう言って取材を拒まれたが、すんなり帰るわけにもいかない。私は通訳に、このような突然の訪問を申し訳なく思っていること、息子さんが関わった事件については、発生直後から取材をしているので、詳しく説明できることを伝えてもらった。

 それからもやり取りは3、4分続き、徐々に表情が和らいできた父親は言う。

「わかった。家に上がりなさい」

 質素ではあるが、室内は清潔に片付けられていた。テーブル越しに私と父親が向き合う。私の横には通訳が、父親の横には母親がいた。角張った顔立ちに実直さが表れている父親の楊剣英さん(仮名)が、低い声で切り出す。なお、以下のやり取りはすべて私が帯同した通訳を介したものだ。

「まずは中国人として、日本の被害者のご家族の方々に対して、非常に申し訳ないと思っています。いま、自分の息子と連絡がつけられないため、真実がどうであるのかがわからず、事実をお伝えすることができないことを申し訳なく思っています」