漱石・大江・丸谷
──受賞作は多くの本が登場する作品で、ゲーテはもちろん古今東西の文学作品の引用やオマージュがちりばめられています。日本文学からは、大江作品の引用もありますが、丸谷才一の作品『樹影譚』も登場します。
鈴木 そうですね。今回の作品はゲーテの名言の出典を追いかける文学ミステリでもあるので、大江さんよりもむしろ丸谷さんの『横しぐれ』などの影響が色濃く出ていると思います。
大江さんは最後まで前衛的な文学を追求した純文学の巨人である一方、丸谷さんは深い教養を背景に常に読んで面白い作品を目指した。両極端にも見えますが、僕にとっては、ふたりとも英文学を読み込んで、そこから得たものを日本文学でどう昇華させていくかという壮大なテーマに取り組んだ作家です。英文学者でもあった丸谷さんの後ろにはジョイスなどがいて、大江さんは東大仏文科出身ですが、ブレイクやT・S・エリオットなどを文学的霊感の泉とした。そして、大江さんと丸谷さんが取り組んだテーマに日本人として初めてぶつかり、格闘したのは、英文学者としてロンドンに留学し帰国した夏目漱石です。3人に共通するのは、日本の純文学作品に特有のジトッとした感じがないところ。それぞれ全く性質の異なるユーモアを持っていますが、いずれも明るくて、イギリスの通り雨のようにカラッとしている。僕はこの3人から多大な影響を受けています。
──鈴木さんは、在籍している西南学院大学大学院で英文学を専攻しているそうですね。研究対象ではないドイツ文学、それもゲーテを小説のテーマにしたのはなぜですか?
鈴木 数年前、両親と行ったイタリア料理店で偉人たちの名言が書かれたティーバッグに出会ったことがきっかけです。父のティーバッグにゲーテの名言が書いてあり、「これはどの本に書いてあるの?」と訊かれたのですが、僕は答えられなかった。
──作品冒頭のシーンと同じような経験をしたんですね。
鈴木 これはいつか小説の題材になるなと思って温めていたんです。
もう一つの理由は、小説家になるためには、ヨーロッパの19世紀文学に一度きちんと取り組まなければならない、と思ったことです。
※本記事の全文(約6000文字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(「第172回芥川賞受賞者インタビュー 鈴木結生『大江さんと同じ年齢で受賞できやしないかと』」)。
全文では、鈴木氏の「受賞のことば」、フロベールやゲーテの影響、小学1年生の時の初めての創作、小説家デビューを目指した契機、第3作の構想などについて語られています。

【文藝春秋 目次】芥川賞発表 安堂ホセ「DTOPIA」 鈴木結生「ゲーテはすべてを言った」/フジ日枝代表への引退勧告/東大病院の先生が教える大腿骨骨折
2025年3月号
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