「ドリフの宝、日本の宝を奪ったコロナが憎いです」――突然の死に、ショックを隠しきれないかつての仲間も…。2020年3月に訪れた、志村けんさんの突然の死。なぜ日本を代表するコメディアンは亡くなったのか? 朝日新聞編集委員で、昨年10月に亡くなった小泉信一氏の新刊『スターの臨終』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
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「日本の喜劇王」衝撃の死
日本中の人々から愛されたお笑い界の大スター、志村けん。ザ・ドリフターズの見習いとして「8時だョ!全員集合」に登場し、荒井注(1928-2000)に代わって正式入したのは1974年である。
股間から白鳥の首が突き出たコスチューム。「イッチョメ、イッチョメ、ワ~オ!」と叫ぶ姿が衝撃的だった「東村山音頭」。タキシード姿でヒゲをつけ、手のひらを下に向けながら両腕を上下に動かして踊る「ヒゲダンス」も懐かしい。
当時、中学生だった私にとって、志村のドタバタな笑いは新鮮な驚きだった。とぼけた顔に、すっとんきょうな声。説明無用のばかばかしさは「下品」とも批判されたが、テレビの制作現場は自由で創造的で、あらゆるネタを笑いに変えてやろうというエネルギーに満ちあふれていた。
その志村が新型コロナウイルスによる肺炎により70歳で亡くなったのは2020年3月29日である。
40年以上、第一線で活躍してきた「日本の喜劇王」の死は、社会に大きな衝撃を与えた。
死に至るまでの病状を時系列でたどる。
3月17日 倦怠感を覚え、自宅で静養する
19日 発熱や呼吸困難の症状を訴える
20日 東京都内の病院に緊急搬送。重度の肺炎との診断を受けて入院する
21日 人工呼吸器を装着。その段階で意識はなかったという
23日 新型コロナウイルスの陽性が判明
29日 午後11時10分死去。享年70
各メディアが大々的に志村の死去を報じたのは30日。朝日新聞の報道によると、事務所関係者は「持病や基礎疾患があったとは確認していない。ただ、かなり喫煙と飲酒をしていたので、その影響があったことは否定できないかもしれない」と話したという。
翌日になると、状況が少しずつ分かってくる。