ネットミーム化した「見なよ…オレの司を…」
何より面白いのは、いのりを見守る司の表情である。いのりのパフォーマンスに一喜一憂し、激しい感情を露わにする司の姿を観ていると、アイドルに熱狂するファンのようだ。
つまり、司はいのりのコーチであり、カウンセラーであり、一番のファンなのだ。そう考えると、司のいのりに対する接し方は「推し活」と似ているのかもしれない。
そしていのりにも、司を「推し」としてみている部分がある。
アニメの第12話で、教え子の鴗鳥理凰のために彼の曲でプログラムを滑る場面があるのだが、そこでいのりが「見なよ…オレの司を…」と理凰に言う場面がSNSでバズり、「見なよ…オレの〇〇を…」という言い回しが、オタクが「推し」を他人に自慢する時のミームとなっている。
実はこの場面、漫画では「理凰くん…こんなありがたい事ないからちゃんと見た方がいいよ」という台詞で「見なよ…オレの司を…」は心の声として表現されている。
心の声を台詞に脚色したのは、原作ファンの間で話題だったからだろうが、それ以上に、いのりにとって司が先生であると同時に「推し」であることを示したかったではないかと思う。
つまり、お互いのことを「推し」として見ているのが司といのりの師弟関係の面白さなのだが、何よりコーチ(司)と選手(いのり)の関係を疑似恋愛的なものとして描かないための配慮のようにも感じられる。
このあたりは同じフィギュアスケートを題材にした2016年のアニメ『ユーリ!!! on ICE』(以下『ユーリ!!!』)と比較するとよく理解できる。
本作は男子フィギュアスケートの世界を描いた物語。メンタルの弱さゆえに伸び悩んでいたフィギュアスケート特別強化選手の勝生勇利が、ロシアのトップフィギュア選手のヴィクトル・ニキフォロフがコーチになったことで、選手として成長していく姿が描かれていた。
毎話描かれるフィギュアのプログラムでは勇利たち選手が自分の愛する人への心情を吐露し、孔雀の求愛行動のように選手のパフォーマンスが描かれる。登場する男子フィギュア選手は色気たっぷりに描かれており、ヴィクトルを中心にBL(ボーイズラブ)的な男同士の愛憎が展開され、勇利とヴィクトルの師弟関係も疑似恋愛的なものとして描かれていた。
『メダリスト』を観て『ユーリ!!!』のことを真っ先に思い出したが、BL的な激しい愛憎が世界観のベースにある『ユーリ!!!』と、「推し活」的な世界観がベースにあり、疑似恋愛的な要素を出さないように大人と子どもの理想の関係を描こうとしている『メダリスト』では、師弟関係の捉え方が真逆だと言える。
これを平成と令和の時代の変化と捉えるのは拡大解釈過ぎるかもしれないが、お互いを「推し」として尊重する人間関係をコーチと選手の理想の姿として描いたことこそが、スポーツ漫画としての『メダリスト』の新しさではないかと思う。
