スポーツ選手の運命が「親ガチャ」で決まるシビアすぎる演出

 フィギュアスケートの世界で成功するためには、両親の経済的余裕と習い事に対する理解が必要で、そこで多くの子どもたちは挫折することになる。つまり、子どもが夢に挑戦する時に最初の壁となるのが親の存在だ。

 だからこそ、自分の気持ちを口にするのが苦手ないのりが必死で母親を説得しようとする姿は、胸を打つ。

公式PVより

 スポーツ漫画は時代を映す鏡のようなところがあるが、家庭の経済力と親の理解によって、子どもの運命が左右されてしまう「親ガチャ」的状況をここまではっきりと見せるのが令和のスポーツ漫画なのか? というのが『メダリスト』に対する最初の印象だった。

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 そんな過酷な状況を踏まえた上で、コーチの司がいのりにスケートを教えていく様子が描かれていくのだが、とても現代的だと感じたのがコーチとしての司の振る舞いだ。

 練習の時の司は常にいのりを褒めており、怒鳴ったり叱りつけたりはしない。そして、バッジテスト(フィギュアスケートの検定試験)や大会で結果を出すためには、どのような技術が必要で、そのために必要な練習内容を、事前にきちんと伝えている。

 しかもプランを複数用意し、最終的な決断は常にいのりが下すように促している。

 その時に「ショートケーキ作戦と、いちごたい焼き作戦」と説明するユーモアがあるのが司先生のチャーミングなところだ。高圧的に「これをやれ!」と命令したり、自分の選ばせたいプランに誘導するようなことはせず、「好きな方でいいよ」と言う。

自己責任と「どっちを選んでも僕は必ず優勝へ導くから」が両立

 自分のことは自分で決めさせるという態度は大人としては正しいが、子どもにとっては重責で、ある種の自己責任を要求しているようにも見える。その意味で、公平だがとても残酷なことを要求しているのだが、その後すぐに「どっちを選んでも僕は必ず優勝へ導くから」と言い切るのが、司先生の凄いところだ。

オープニング曲は米津玄師が自ら逆オファーして担当したという 公式サイトより

 練習に関しては厳しい課題を与えるが、選手のメンタルにはカウンセラーのように優しく寄り添い、自己肯定感の低いいのりに「あなたは間違ってない」と司は言い続ける。

 その結果、いのりは選手としての自信を身につけ、自分のことを信じてくれた司のためにも頑張ろうと思い、めきめきと成長していく。

 これまで様々な師弟関係がスポーツ漫画で描かれてきたが、こんなに理知的で美しく描いた漫画は他になかったと思う。