会談前日、シンガポールには各局のメインキャスターらが飛び、生中継するかのように現地の様子を刻々と伝えていて、それはまるで胸の高鳴りが聞こえてくるような報道ぶりだった。
トランプ大統領は金正恩労働党委員長とどんな握手を交すのか、相手を制圧するともいわれる奇襲的握手に出るのか、それとも普通の落ち着いた握手になるのか――。会談の途中では1985年に冷戦を解くきっかけとなった旧ソ連の最高指導者、ゴルバチョフとレーガン米大統領が首脳会談で見せたような、議論が激突して互いににらみ合いになるような場面はないか――。いやいや、北朝鮮もCVIDを呑み、これまでにない歴史に残る“トランプモデル”が誕生して、朝鮮半島の終戦宣言が言及されるかもしれない、そして、文在寅大統領も参加する米韓朝会談が実現するのではないか――などなど。
度が過ぎて駐シンガポールの北朝鮮大使公邸に潜り込んでしまったテレビ記者2人が現地で逮捕され、青瓦台(大統領府)が異例の警告を出すという一幕もあった。
「北朝鮮の完全勝利」は本当か
ところが、ふたを開けてみれば、首脳会談はあっさりと終わり、合意内容にはCVIDの文言も入らない、板門店宣言を確認したぐらいの肩すかし。しかも、トランプ大統領が、安保ではなく経費の面から米韓軍事演習の条件付きの中止や在韓米軍縮小にまで言及して、韓国では「トランプ、文在寅、金正恩体制の中 韓国安保はどこへ行く」(朝鮮日報、6月14日)と憂慮する声も出始めている。
韓国の中道派の全国紙記者が語る。
「合意内容には皆、肩を落としましたが、合意文には明記されなかった口頭での合意があるのではないかという見方も出ています。
正直、敗戦国に適用されるCVID合意には現実味がなく、会談の1週間ほど前にも、『米朝は(CVIDまでの)工程の20%くらいしか合意できていない』と政府関係者が漏らしていて、CVID合意の可能性は低いと見られていました。ただ、トランプ大統領は、『過去の米国の大統領が対北政策を誤ってきたのは側近らの話に耳を傾けたからだ、自分はそんなことはない』と話したと伝えられて、結果は最後まで分からないという雰囲気があった。
オバマ前大統領は『戦略的忍耐』と聞こえはいいが北朝鮮をまったく無視していた。それと比べれば、もちろんトランプ大統領自身の利益もありますが、金正恩委員長と会い、その姿を世界の目に披露させ、北朝鮮の“今”を世界に見せた。70年間、敵対視していた米朝が同席し、これからについて話し合ったということがもっとも重要です。
米国や日本、そして韓国の一部メディアもトランプ大統領は北朝鮮に譲歩しすぎた、北朝鮮の完全勝利としていますが、そう判断するのはまだ早いでしょう」