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研究も観察も99%はただの待ちぼうけ

<山歩きの集団がやってきたので休憩所を譲るため、移動することに。下山して舘野さんのアトリエに向かう>

福岡 (玄関先で)あ、ウスバカゲロウだ。最初に神社で見たアリジゴクの成虫です。

舘野 この庭の一角が先ほどお話したオオセンチコガネの飼育装置です。一度、卵を見つけてシャーレに移し、祈る思いで孵るのを待っていたんですが、出てきたのは全く違うムシでした。

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福岡 今日、私が美しいチョウにめぐり会えなかったように、研究も観察も99%はただの待ちぼうけなんです。あんまり簡単に見つかっちゃうとSTAP細胞になってしまうしね(笑)。

 これが今、描いていらっしゃる絵ですか?

色鉛筆で制作中の「似ているね」 ©三宅史郎/文藝春秋

舘野 12月に澤口たまみさん原作の、昆虫の擬態をテーマにした本が出ます。『なりすます虫たち』という題名なんですが、その本の折込付録で「似ているね」という絵です。

 ほら、これがオサムシの標本です。仲のいい友だちに、自分は陸上部に入りたいから、代わりに生物部に入ってくれないかと言われたのが、中学1年のとき。結局、生物部に入って甲虫班になったんですよ。それでオサムシを集め始めました。古いものだと標本のラベルが1982年、私が中学生の頃ですね。

福岡 一体、何匹くらいあるの? やっぱり新しいのは退色していないから、きれいだね。

舘野 このあたりが北海道の函館で採ったオシマルリオサムシです。昔、そのあたりで亡くなった隠れキリシタンの数と同じ106匹だった。人の命と虫の命の何が違うのだと断罪されたようでした。それから怖くて虫を安易に殺せなくなった。私の描く絵には「供養」のような意味もあって、これが私が虫の絵を描くようになった直接のきっかけでもあるのです。

オサムシの標本に見入る2人 ©三宅史郎/文藝春秋

生態系を壊す最大の外来種は人間

福岡 山を歩きながら舘野さんの波乱万丈の人生はだいぶわかってきたんだけど、札幌の大学で学生運動をやっていたというのは1988年ごろ?

舘野 そうなんです、まだ北海道では学生運動の名残りがくすぶっていました。僕、あのタテカン(キャンパスに置かれた学生たちのスローガン入り看板)描くのが大好きで、毎日のようにでかいタテカンを描いていました。そのあと前衛演劇にはまって札幌の大通公園で、自分で作った棺桶を引きずって歩き続けるパフォーマンスをやったりしましたね。合間にムシ採りもして楽しかったですよ。大学を中退してからは、舞台美術や報道カメラマンの助手、生花店や大工さんの見習い、何でもやりました。

福岡 自然の生態調査の仕事を始めたのはいつごろ?

舘野 1994年かな。「アジア航測」という、赤色立体地図というので注目されている会社に、生物調査をするバイトとして潜り込みました。たとえば開発予定地などで自然環境を損なわないよう、その候補地にいる生物や地質を調査、モニタリングする仕事。当時猛禽類の調査では、座って観察しているだけで2万円くらい貰えました。人が入らない山奥ばかりなので、時折とんでもない珍品(昆虫)にも出会いましたよ。

福岡 その会社で奥さまにも出会った(笑)。

舘野 そうなんです。まあ、環境運動家とやりあう機会もあり、守るべき自然って何だろうと思うことも多かったですね。

福岡 これは私の持論なんですが、生態系を壊す最大の外来種は人間ですよ。ヒアリなんかより、ずっと怖い。しかし、舘野さんの人生を聞いていると、ツチハンミョウ並みのギャンブル人生だね。

<アトリエから外に出ると美しいキアゲハが舞っていたが、すでに捕虫網を片付けた後だった>

福岡 ほらね、虫採りってこういうものなんですよ。99%は獲物なし(笑)。

アトリエにて ©三宅史郎/文藝春秋
左:福岡伸一/右:舘野鴻 ©三宅史郎/文藝春秋

ふくおか・しんいち
生物学者。1959年生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。ベストセラー『生物と無生物のあいだ』、『動的平衡』など、「生命とは何か」を動的平衡から問い直した著作を数多く発表。近著『福岡伸一、西田哲学を読む』、最新刊『ツチハンミョウのギャンブル』。

たての・ひろし
絵本作家。1968年生まれ。札幌学院大学中退。幼少時より熊田千佳慕に師事。1996年より神奈川県秦野で生物調査のかたわら、生物画の仕事をスタートする。絵本に『しでむし』、『ぎふちょう』、『つちはんみょう』、『宮沢賢治の鳥』(文・国松俊英)など。図鑑も手がける。
2018年7月14日~9月24日、町田市民文学館で「舘野鴻絵本原画展 ぼくの昆虫記」が開催される。

ツチハンミョウのギャンブル

福岡 伸一(著)

文藝春秋
2018年6月29日 発売

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