1ページ目から読む
2/4ページ目

裁判を傍聴して感じた、動機の曖昧さ

――最初の面会で、環菜は由紀が既婚者で子供もいると知って拒絶しますよね。なぜ拒絶したのか、島本さん自身も後から「こういうことか」と気づいたというのは本当ですか?

島本 そうなんです。実際の人間関係でも、相手の考えをきちんと説明できなくても「この人こういうこと言いそう」というのはありますよね? 物語の最初のうちはそういう感覚で書いていって、後から「ああ、だからこういう行動をしたのか」と気づくことは結構あります。だから、最初に考えていた構想から変わることもあって。実は、書いていく中で一番変わったのは、事件の真相で……。

――ああ、意外な事実が判明しますが、あれは後から決まったものだったのですか。

ADVERTISEMENT

島本 今回、実際に何度も裁判を傍聴しに行ったのですが、その中で、動機って最初からそんなにはっきりあるものだろうか、と考えるようになりました。加害者と被害者で言っていることが180度違うこともありましたし。事件というのは実ははっきりした真実があるわけではなくて、人によって、見方によって真実は違ってくる。それで、真実を最初から、これ、と決めすぎずに書くことを意識していました。

傷ついた女の子を、大人の視線で救う

――環菜の過去に何があったのかは、最初から決まっていたのですか。

島本 実は最初の構想は、主人公の初恋の男の人が少女誘拐殺人事件か何かで突然逮捕され、でも否認していて、というものでした。主人公にもトラウマ的なものがあって、初恋の人をかばうかどうか葛藤する話でした。

 でも『夏の裁断』を書いてみて、恋愛しているんだか傷つけられているんだかよく分からない関係を書くのは、ここで1回やめようと思いました。それよりも傷ついた女の子というものを、もっと大人の視点から救う話にしようと考え、そこで一気に切り替わりました。

――島本さんは初期の頃から、少女に対する精神的な支配や性暴力や虐待といった題材を書き続けていますね。『ナラタージュ』にもそういうエピソードが出てきますし、『あなたの呼吸が止まるまで』『アンダスタンド・メイビー』『匿名者のためのスピカ』とか……。

島本 やっぱり自分が女性だというのもありますね。それと、その複雑な心理状態が理解されづらいから、というのも。たとえば、なぜ性的に傷ついた女の子が性的に奔放になるのか、ピンとこない人はまったくピンとこない。そうした、反転してしまうような心理状態って、文章で繊細に追っていく意味があるんじゃないかと思います。

 今回は臨床心理士との面会を通して、カウンセリングに近い形で心理を探っていくので、比較的読んでいる方にも分かりやすく、スリリングな物語として、面白く読めるように仕上げられたのではないかな、と。

ダイレクトじゃない暴力を、ギリギリの描写で

――確かに面白く読みました。と同時に、自分が幼い頃に大人から受けたセクハラや性的な不快感を思い出して怒りがこみあげてきて(苦笑)。それくらい「ああ、その嫌な感覚分かる」と感じさせる描写だったんですよね。

島本 これまでは結構ダイレクトに暴力を書くことが多かったんです。逆に言えば、そこまでひどいことをされないと「自分はひどいことをされました」と言えない気がして。本当はもっと、日常のささいな暴力や傷ってたくさん存在しますよね。それで、今回はあえて分かりやすくない、ギリギリのラインで書くことにしました。

 それと、「視線」をキーワードにしたかったというのもあります。裁判で争うためには、いろんなものを証明しないといけない。でも、「視線」って証拠が残らないから証明できないですよね。証明しないといけない裁判と、証明できない「視線」を組み合わせるとどうなるのか、ということも書きたかったことです。