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災害時に「逃げる姿」は一つの「情報」になる

 こうした激甚災害を少しでも減らすために、内閣府は「率先避難者」という新しい考え方を導入した。たとえば、南海トラフ巨大地震では地震の後から巨大な津波が襲ってくる。よって、海岸で大きな地震を経験したら、直後に津波が来ることに思い至らなければならない。

 そのとき「今から津波が来るぞ!」と大声で叫びながら、海と反対の方向へ逃げ始めるのだ。一人が逃げ出すことによって、周りにいる不特定多数にも危険が伝わる。まず自分が率先して避難者となることで、自身の安全を守るだけでなく、同時に周囲の人々を助けるという発想である。

 危機が迫ったときに逃げるのは決して恥ずかしいことではない。津波が来るという知識のある人が逃げる姿そのものが、周囲の人にとっても生き延びるためには「逃げなければならない」という情報になるからだ。結果的に自分に従う人だけ引き連れて避難するほうが、より多くの人を救えるのである。

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 これは東日本大震災の津波で消防団員の犠牲者が多かったという苦い経験を教訓にしている。聞く耳を持たない人を説得している間に、自分も犠牲者になってしまうのを防ぐ方法でもある。

四国では100社の「率先避難企業」がある ©共同通信社

災害時「自分だけは安全」と思ってしまう心理

 岩手県の釜石市では「率先避難者」が実際に機能した。小中学校にいた生徒約3000人が率先して高台に向かった結果、全員が津波から逃れることに成功したのだ(拙著『日本の地下で何が起きているのか』岩波書店を参照)。しかも率先避難者を学んだ中学生が小学生を助け、何と大人たちの避難まで促したという。この成功例は事前の教育がいかに重要かを物語っている。

 防災でやっかいなのは、危険が迫っても「自分だけは安全」と思う心の壁なのだ。それに対して率先避難者は「誰かが逃げ始めれば、他の人も一緒に逃げ出す」という人間心理から導かれた優れた方法であり、東日本大震災後に内閣府と地方自治体が採用した。

どんな警報システムも万全ではない

 南海トラフ巨大地震で発生する津波は海岸を一気に駆け上がるので、遠くへ逃げようと思っても追いつかれてしまう。よって、近くの高台へ駆け上がることが第一だが、7メートルの津波が襲う地域では、高さ10メートル(3階建て)の上層階へ避難するのも有効だ。

 また、津波が襲う可能性のある海岸には、「津波タワー」と呼ばれる避難施設が設けられている。ここでも自分が率先避難者となって、周りの人に声をかけながら駆け上がってほしい。

 最近多くの犠牲者を出した西日本豪雨などでも、住民への避難指示が間に合わなかった可能性が指摘されている。地球科学者の観点から言えば、自然災害は常に「想定外」に起きるので、人間がいかなる警報システムを作っても、「間に合わない事態」はどうしても避けられない。よって、自然は人が推し量れない巨大な存在で、完全に対処できるものではないことをまず認識していただきたい。私はこうした見方を自然に対する「畏敬(いけい)の念」と呼んでいる。

 日本のあちこちで地震や噴火が発生し、「日本の地下はどうなっているのですか?」と市民講演会で質問される。地球科学的には東日本大震災をきっかけとして「大地変動の時代」に突入したので、「今後30年は地震と噴火が止むことはない」と私は答える。「防災の日」をきっかけに、今回ご紹介した「率先避難者」という逃げ方、それを支える「不完全法」という考え方、そして「防災から減災」という思想があることを頭の片隅に置いていただければ幸いである。