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銀行の子会社が「おじさん」を再生産する牢獄になっている

メガバンクの年功序列を支える「逆ピラミッド」型企業の実像

2018/09/25
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崩れゆく「1940年体制」と構造改革


 しかしバブル世代は中堅社員になり、バブル崩壊後の「失われた時代」を生き抜くことを迫られる。バブル崩壊の影響で名だたる大企業が潰れた。例えば名門銀行の日本長期信用銀行も経営破綻し、一時国有化された。産業界の合併再編が進み、不良債権の処理に苦しんだ大手銀行にも公的資金が投入され、3メガバンクを中心とした体制に再編された。

 2001年に登場した小泉純一郎首相は「自民党をぶっ壊す」と叫び、既得権益の打破を訴え、国民的な人気を得た。多くのバブル世代が、崩れゆく「1940年体制」の現実を見て、構造改革に夢をつないだのではなかったか。

少しでも給与や肩書が下がるのが嫌

 しかし、大樹が少なくなればなるほど、人は不安が募り大樹にしがみつこうとする。

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「既得権益の打破」「新しい価値観の樹立」というメッセージに共感しながらも、実際には、より確実な大樹へと逃避、大企業から飛び出すことを躊躇してしまったのが、バブル世代の多くの大企業サラリーマンだったのではないか。

 バブル世代の銀行幹部は、こう分析する。

「われわれは、みな損失回避バイアスに囚われているのかも知れません。銀行を飛び出しても、それなりに稼げる自信がある人が多いと思います。でも、60歳まで保証された権利よりも、少しでも給与や肩書が下がるのが、嫌なんです」

©iStock,com

 ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが提唱した「プロスペクト理論」によれば、われわれは、利益を得る不確かな可能性よりも、確実に損失を回避する方を選択しがちだという。

 さらに銀行幹部はこう指摘する。

「人生100年時代という掛け声も、バブル世代を萎縮させているのかもしれません」

 人生100年時代の新しい働き方を説く『LIFE SHIFT』(東洋経済新報社)のリンダ・グラットンは、働き方は「教育」「勤労」「引退」の3ステージから、マルチステージへ移行すると指摘する。価値あるスキルを身に付けるために学び続け、プラスになる人間関係を維持、会社や組織に頼らない自分自身の評判を構築することが大切だと説く。

 グラットンの主張は世界中で反響を呼んだ。まさに、年功序列、終身雇用からの脱却が必要だと読み替えることができるだろう。

 しかし、メッセージは強烈で正当であればあるほど、逆の意味に変換されることがままある。この銀行幹部は、グラットンの真摯なメッセージも、多くのバブル世代の銀行員たちに反転したメッセージとして受け止められたのではないかというのだ。そんなに人生が長くなるなら、リスクは取れない。いまさら学び直しなんてできない。しっかり、守らないと生き残れない――。

 そして、ますます大樹にしがみつく行動が加速してしまったのだ。

 バブル世代がメガバンクや大企業を一気に退職して、逆ピラミッド会社から飛び出し、新たなビジネスの世界に乗り出せば、おそらく巨額の付加価値が日本に生み出されるだろう。そして、個人としても成功する人は、決して少なくないはずだ。

 しかし、給与の後払いのように権利として目の前に用意された「天国のような牢獄」を多くの人が、選択してしまう。損失を確実に回避する仕組みの中に、多くの人が吸い込まれてしまう。そしてアップデートしない「おじさん」にまっしぐらに転落してしまうのだ。