熱烈な巨人ファンで知られる漫画家の黒鉄ヒロシ氏(79)。長嶋茂雄を“民間天皇”と仰ぐ黒鉄氏が“通常の言語では把握できない”その存在の大きさを語る。
長嶋さんが、読売、報知、日テレといった“身内”以外のインタビューを受けたのは、私が初めてだと思います。この時、「いわゆるひとつの……」という、あの有名な口癖や独特と言われる言語感覚の“正体”を掴めた気がしました。「長嶋がサードを守っているんですね」などと話すわけで、要するに、自己を客観視しているというか、ほぼ自己分裂している。「長嶋茂雄を演じた」などとも言われますが、そんな次元ではない。あるラジオ番組では「こんばんは、長嶋シゲルです」と自分の名前まで忘れてしまう(笑)。
宮崎キャンプでインタビュー時にコーヒーをいただいた際には、私はブラック党なのに、すでに砂糖をたっぷり盛ったスプーンを前に出しながら、「おいくつ(何杯)ですか」と。この乱暴なまでの無意識。この世の人とは思えませんでした。

単なる記号にすぎない言語を初めから相手にしていない。名前も言葉も引き剥がして、言語を超えた領域に到達しているんです。「ダッ、パーッン!」といった擬音で野球のテクニックをあれだけ語れる人はいない。ボキャブラリーが貧しいのではなく、普通の言語より深くて力強いんです。脳や身体の回転に言語の方が追い付けない。
普通の大人は言語で統御された常識の世界を生きているのに、長嶋さんは我々が失った目を持ち続け、子供のように“言葉ができる前の世界”を生きている。私はソシュール研究の第一人者、丸山圭三郎氏と親しかったのですが、それこそ「言葉と無意識」を主題とする丸山言語学でも持ち出さないと“長嶋茂雄の世界”には迫れない。語れば語るほど野暮になってしまう面があるんです。
なのに、長嶋さんの発言の一部や面白エピソードを持ち出して、とにかく“変わったおじさん”で済ませてしまう人が多い。そうした“逸話”の中には作為的なものがあって、例えば、「次の英文を過去形にせよ」という立教大学時代の英語の問題で長嶋さんが「Tokyo」を「Edo」に変えたという。面白いけれど、笑いが分かる人が意識的につくった感じで、明らかに長嶋さんから出てくる発想ではない。
長嶋茂雄という存在は、我々の意識ではなく、もっと深い無意識の層に響いてくるんです。
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