地中海が干上がった時代

佐藤 健太郎 サイエンスライター
エンタメ 社会 サイエンス

サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します

「琵琶湖の水止めたろか」と、滋賀県民はよく口にする。京都人は我々を下に見ているが、誰のおかげで水が使えると思っているんだ、という冗談だ。琵琶湖の水なくして生活は成り立たないから、京都人にとっては痛いポイントだ。

 世界地図を眺めていると、ここを止めたらどうなるのかなと思う場所がいくつかある。その最たるものは、スペインとモロッコの間のジブラルタル海峡だろう。ここを塞いで、地中海を湖にしてしまうと何が起こるのだろうか。

 地中海にはナイル川などの大河が数多く流れ込んでいるから、徐々に淡水化していくのかと思ったら、そうではないらしい。地中海は蒸発量が多いため、どんどん水位が下がっていくのだそうだ。水深の浅いアドリア海は数百年で陸地と化し、シチリア島なども本土と地続きになってしまう。

 今から100年ほど前に、これを実際に行おうという計画があった。ドイツの建築家ゼルゲルが提唱した「アトラントローパ計画」だ。ジブラルタル海峡に巨大ダムを築き、水力発電で莫大な電力を得る他、生じる陸地で新たな農地や都市を開発。アフリカまでを一体化させ、当時のヨーロッパが抱えていた各種の問題を解決しようという構想であった。これは実に壮大なアイディアではあるが、地中海沿岸諸国の賛同を得られるわけもなく、やがて立ち消えていった。

 その後、地中海は実際に湖になったことがあると判明した。今から600万年ほど前、何らかの原因でジブラルタル海峡が閉ざされ、海水流入が止まってしまったのだ。その結果は悲惨なものだった。地中海のほとんどは分厚い塩に覆われた盆地となり、多くの海洋生物が死滅した。海水が干上がったことで、南欧や北アフリカで乾燥が進むなど、陸上の気候も激変したと見られる。

 この「メッシニアン塩分危機」は、約533万年前にジブラルタル海峡が再開通し、大量の海水が流入したことで終息した。その全容はまだ判明していないが、周辺の生物にとっては歴史的な巨大災害であったことは疑いなく、アトラントローパ計画など実行しなくて本当によかったと思える。

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source : 文藝春秋 2025年8月号

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