米内光政 配給の物資だけで暮らした提督政治家の戦後

米内 剛政 米内光政の長男
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米内光政(よないみつまさ)(1880―1948)は、盛岡に生まれる。海軍に入り大将まで累進。平沼内閣の海軍大臣のとき日独伊三国同盟に反対し、陸軍、右翼勢力と対立する。昭和15(1940)年、首相となるが陸軍の圧力により半年で辞任。戦争末期、小磯国昭陸軍大将とともに内閣を組織、続いて鈴木貫太郎内閣に海相として入閣し、終戦に力をつくす。東久邇、幣原両内閣でも海相となり、日本海軍の終焉を見とどける。剛政(よしまさ)氏は長男。

 父は総理大臣になっても官邸には住まず、歩いて10分もかからない麹町三年町の自宅から通っていました。父は日独伊の関係が緊密化する三国同盟には反対していたため、右翼団体などからテロを受ける危険がありました。ですから、朝でかけるときは道沿いに警備の警官が10メートルおきぐらいに立っていました。

 そのうち父の暗殺未遂計画が発覚しましたので母はよけい心配しまして、部屋の窓から顔をだしては家の周囲を気にしてました。当然父は自分が狙われていることを知っていたでしょうが、そんなことを気にしている様子は全く見せず平然としていました。この翌年、母は亡くなってしまいましたが、さすがにこのときは父も非常に悲しんで涙を流していました。母が亡くなってからは夫が戦死した長姉が父の世話を焼いていました。

米内光政

 家ではいつもにこにこしていて冗談をよくいっていましたが、父は岩手県出身のため“い”と“え”の区別ができずよく姉たちから「ええわじゃない、いいわでしょ」なんてからかわれますと、自分でわざと「ええわ」と言っておどけていました。家のことや子供のしつけは母親まかせでした。そもそも海外駐在武官や艦隊勤務が多く転勤ばかりで家にはたまにしかいませんでした。私に大きくなったら海軍の軍人になれよとも言いませんでしたし、軍人の家庭の雰囲気はありませんでした。趣味も特別あるわけでもなく、手回しの蓄音機で長唄や流行の歌をきいては、一緒に口ずさんでいたくらいです。酒だけは好きで、宴会などがありますと、まず家で軽く飲んでから出かけることもありました。

 父は海軍の軍人だっただけに「5分前」の精神が徹底しており、私が子供のころに時間を守らずこっぴどく怒られた記憶があります。小学生のときですが、友達と遊び過ぎて夕食に間に合わなかったことがありました。その日は父が公務がないので久しぶりに一緒に食事をすることになっていたんです。日が暮れてから家へ帰り裏口から入ろうとしましたら父が立ちはだかって「なぜお母さんの言うとおり時間を守らない」と厳しく叱られ家に入れてもらえませんでした。

 海軍時代は車で迎えに来る副官も苦労していました。遅れるのはもちろん許しませんし、早く来すぎても時間まで待たしていました。そのかわり自分も時間には厳格で10分前には用意が整っていました。外出するときも何時に帰宅するからと家人に告げていきましたし、家族も出かけるときには帰宅する時間をはっきり言って、約束の時間よりなるべく早めるようにしていました。

 戦後の22年12月だったと思いますが、東京裁判のキーナン検事が父を夕食に招待してくれることになっていました。父はいつものとおり早くから背広を着て迎えの車を待っていましたが、約束の5時になっても車は来ませんでした。それでもいらいらしながら10分ほど待っていました。そのうち「もうキーナンのところに行く必要はない」と言って洋服を脱ぎだしたんです。そばについていた姉がなだめているとき、ちょうど玄関のブザーが鳴りましたので、気を取り直して出かけていきました。

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source : 文藝春秋 1989年9月号

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