論点③ 経済・社会の発展と同時に実現できる環境負荷軽減
◇鉄道はもともと省エネ。国内全体の旅客輸送量におけるシェアは約3割と大きいが、CO2排出量が占める割合は約7%と低い。リニアは速度域の近い交通手段である航空機と比べて、CO2排出量分担率は3分の1と少ないため、航空機などから高速鉄道へのモーダルシフトが促されることでCO2の排出削減につながる。
◇エネルギー消費量の面では、鉄道は道路輸送の6分の1に留まるともいわれる。しかし、日本以外の国で鉄道のシェアは決して高くない。大きな要因は、採算をとるのが難しいこと。
◇リニアは「利便性向上」「環境負荷の低減」「利益化」の三方よしを達成する、世界のモデルケースになることが期待される。
――日本は世界の各国と比べても鉄道網が相当発達した国だと思います。海外では、採算が取れないという理由でここまでの鉄道網は普及していないわけですが、そんな日本にできるリニアは世界の交通のあり方を変えるモデルケースになり得るでしょうか。
伊沢 そうですね。日本は細長いですし、リニアの線路は引きやすい。しかもその直線上に、主要都市が位置しているという立地はリニア向きなのかなと思います。
国の形とか文化によってある程度鉄道も影響を受けますから、一概に日本のリニアが世界全体を変えるということは難しいかもしれない。でもマッチしそうな国もあって、たとえばオーストラリアは都市間がとにかく遠くて、飛行機も混んでいるらしいんですよね。そういうところでリニアが代替交通になれる可能性は十分ありそうです。
あとは大きな大陸なら、ある程度直線的に通したりもできるとは思います。今EUは統合が進んでたり戻ってたりするところはありますが、そういう都市同士をもう一度繋ぎ合わせるみたいな使い道もあるのかなとは思います。ただ、そこにはリニアを押し進める組織だったりイデオロギーが必要にはなってきますよね。
――立地的な問題からまだ不十分な、環境由来の電力の活用も必要とされています。リニアではGX(グリーントランスフォーメーション)電力の活用ということが言われていますが、これは今後進んでいくでしょうか。
伊沢 自然由来のエネルギーを使うということですよね。クリーンエネルギーーは立地への依存性が高いというのが、課題でもあり、可能性でもあると思います。電力は使った分だけ作る同時同量が基本で、余らせたものを保存するとなると手段はあってもコストがかかりますから、リニアで大きな電力需要が見込まれる中で、GX電力を活用するのは細かな設計が必要になるでしょうね。逆に言えば、リニアを走らせるペースが決まれば確定した電源の必要性が出てくるので、たくさんの需要があるからこそGXを推進しよう、という展開もあるかもしれません。

一方で、絶対に必要な量に足りないということがクリーンエネルギーーでは起こり得るので、安定供給という点においてGX電力の課題はまだまだ多いかなと思います。最近だと、AI開発に必要なデータセンターでの大規模電力需要をGXで満たす、という流れがあります。北海道が主な舞台になりそうなので需要を食い合うことはないかもしれませんが、大規模なGX誘致は北海道の広い大地だからできることで、内陸で、山岳地帯もあるリニアのそばとなると、はたして自然に配慮した形で設備を作れるか。技術開発に加えて、安定供給を支えるベースロード電源を組み合わせながら、長い目線で少しずつクリーンエネルギーーの領域が増えていくようにできればいいと思います。
論点④ 未来の交通ネットワークのシステムの形成
◇未来の交通ネットワークの形成には、過疎化、高齢化、環境への影響、ソーシャル・インクルージョンといった視点が必要。リニアはすでに技術的に実用可能な段階にあるほか、クルマの自動運転もそれに近づいており、これからはそれらを組み合わせてどのような社会的な価値を生み出していくかという局面にある。リニアとクルマの自動運転で形成される交通ネットワークは、過疎化や高齢化により利用者が構造的に減ってすでにモードとしての役割を終えたローカル鉄道の問題など、日本の複数の社会問題を解決する切り札になりうると期待される。
◇単にリニアだけでなく、国をどう形作っていくのかを、バックグラウンドの異なる様々な人が一緒になってフラットに議論できる場を意図的に確保することが重要。
――リニアによる交通ネットワーク形成がもたらす効果として、何を一番期待していますか?
伊沢 テーマウィークの議論では経済的な効果が結構挙がっていたんですけど、経済に関してはどうしても地域差が出てしまいますよね。大阪の周りはもちろん栄えるだろうけど、福岡や広島はどうなんだとか。僕はむしろ、リニアが日本国民全体にもたらす価値は、既存の価値観からの解放みたいなところにあるのかなと思っています。
昭和に新幹線が開通した頃は、みんな同じようにこれから発展が進んでいく未来を夢見て進んでいたと思うんですけど、今はもうそういう時代じゃないですよね。みんなそれぞれに追い求めてるものも違うし、そもそもこの国の未来にあまり希望を抱けなかったりもする。リニアができたからといってそれがドカンと変わるとは僕は思わないんですけど、でもリニアによっていろんなところが栄えて、いろんな地方の魅力が掘り起こされれば、それはシンプルに価値観の多様性につながると思うんです。東京から地方に人口が流れていけば意外と地方で暮らすこともありなのかなという考えが広がるでしょう。
SNSを見ていると、大金を稼いでいたり、東京でワイワイしてる「雰囲気」への憧れというか、港区がうんたらみたいな、ちょっと古い価値観が若い世代にも広がっているように感じます。でも、そういったものからリニアは緩やかに解放をもたらしてくれる気がするんですよね。平成にあった大きな物語が崩壊したところに、今はSNSが作った大きな物語みたいなのがあるんですけど、そうじゃなくて、みんな自分の小さな物語を生きててもいいじゃんっていう。みんながそれぞれの生きやすい場所で生きる時代ができるんじゃないかという、価値の再定義を、物理的にもたらしてくれる存在としての可能性をリニアに感じています。
――世代や国籍を超えた人々が、リニアについて語り合っていくことの重要性はどこにあると思いますか。
伊沢 これだけ都市をまたいで大きな事業が行なわれるのって、僕が生きてきた30年あまりでちょっと記憶にありません。大阪・関西万博のスペシャルサポーターもやっていますが、大阪の盛り上がりって東京とは全然違いますし。
リニアは東京から大阪をまたいだ大事業になるので、いろんな人が関わるのは必然ですよね。日本の今を支えてきた昭和のモビリティを作っていた頃の経験はもちろん、若者世代のリアルな目線も必要だと思います。いろんな地域をまたぐわけですから、土地の環境負荷や、経済を盛り上げるためのローカルの知恵も取り入れる必要がある。リニアでローカルが活躍するという話をたくさんしてきましたけど、それって文化理解があることが前提で、リニアを通したらうまくいくわけじゃないんですよね。
そう考えるとフラットな議論の場はもはや必要不可欠だと思います。それができれば、日本がちょっと変わるなというイメージをみんなが共有することにつながるでしょうし、下り坂を進んでいる日本の経済と社会にとってはいい影響になるかもしれない。みんながうっすらと共同のポジティブなイメージをもっているということには意外と価値があるのかもなと思っています。

――リニア中央新幹線の開業によってどのような未来を期待したいと思いますか?
伊沢 一番は、それぞれがもうちょっとポジティブになれる未来をリニアは作ってくれるのかなと思うんです。経済的なものとか、環境的なものというのはどうしても現時点で分からないことが多いと思うんですけど、少なくともリニアが通ることによってそれぞれが自分の生きたい場所で生きやすくなれば、もっと今より大事にできるものが増えると思うんですよね。
それは色々な犠牲の上に成り立つものかもしれないですが、そういったポジティブさとか、現状を受け入れてちょっと前を向いて生きられるようになるというのは日本社会に足りなかったものかもなと思うので、そこに期待したいですね。
――リニアというその乗り物が1つ増えるだけじゃなくて、日本人みんながこれからの自分の生き方を考えていくような、そういう機会になるような気がしますね。
伊沢 うまくいけばそうなるので、色々なことをちゃんと議論していきたいですね。
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source : 文藝春秋 PLUS動画

