みんな大好きスローガン

第87回

藤原 正彦 作家・数学者

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ライフ 社会

■連載「古風堂々」
第82回 日本が日本であり続けるために
第83回 人間のクズ
第84回 断言
第85回 恵まれた立場ならばこそ
第86回 リズムが乗り移る
第87回 今回はこちら

 人はスローガンが大好きだ。フランスは大革命の頃から自由平等博愛を国是のようにしている。ところが今や私見ではヨーロッパ一の人種差別国で、パリに行くたびに私は喧嘩になる。アメリカ合衆国は独立宣言にあるように建国以来、「自由と平等」を金科玉条として崇め、それを啓蒙されていない人々へ広めることを天与の使命のように考えている。ところが実際は、平等どころか先住民を大虐殺し、大量の奴隷をアフリカから入れ牛馬のごとく酷使した。そもそも独立宣言の起草者で「すべての人間は平等」と唱えたジェファーソン自身が、農場に数百人の奴隷を抱えていた。アメリカは自由と平等を広めるためなら侵略も許されると考えたらしく、十九世紀にはメキシコからテキサスやカリフォルニアなどを強奪し、スペインに戦争を仕掛け、中米、グァム、フィリピンなどを手に入れ、平和な王国ハワイをはじめ太平洋の島々も自領とした。銃の保有すら自由ということで、銃乱射(一度に四人以上が死傷する事件)が週に十件以上も起きている(二〇二三年)。先進国の銃乱射の七十%余りだ。

 米大統領にはスローガンの手品師が多い。ソ連に親和感を抱くルーズベルト大統領は、ドイツの侵略からソ連を救うには、アメリカの欧州戦線参加以外にないと考えた。反戦に固まった国民を変えるには、日独伊三国同盟を結んだ日本に先に発砲させるのが一番と、鉄や石油の対日禁輸、在米日本資産の凍結など、あらゆる工作と挑発を行なった。加えて、米軍のパイロット百名ほどを一時的に退役させ、中国機に乗せ(フライング・タイガース)、日中戦争に参戦させた。それらをすべて隠し、「リメンバー・パール・ハーバー」で「不意打ちをしたずる賢い日本」と、国民の敵意と戦意を煽った。

 オバマ大統領はさらに上手だ。「核なき世界」というスローガンだけでノーベル平和賞をもらった。実際にしたのは、人類を五十回皆殺しできる核を四十五回に減らした程度のものだった。

 今もアメリカは自由と平等を唱え続け、ここ四十年間ほど新自由主義の名の下で、「自由競争」「規制撤廃」などのスローガンを世界にばらまいた。「皆が自由公平に戦い勝者がすべてを取る」ということだから、今やアメリカでは上位一%の人の総資産が、下位五十%の総資産の十倍となった。極端な不平等だ。強者が弱者をやっつけるのは武士道ではただの卑怯だ。

 スローガン好きはアメリカばかりではない。ドイツではヒトラーが、「世界に冠たるドイツ」とか「一つの民族、一つの帝国、一人の総統」などと大声で叫び、合理精神で聞こえた国民が他愛なくそれに酔ったから、周囲の国民を殺戮しつくし、ユダヤ人を迫害し、ついには自国を壊滅させた。またメルケル首相は、「人道」とか「多文化共生」という美しいスローガンで世界中の喝采を浴び、二〇一五年の百万人を皮切りに大量の移民をドイツそしてEUに入れた。ヨーロッパ中に移民が溢れ今も今後も混沌が続くこととなった。目ざとい英国はいち早くEUを離脱した。

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source : 文藝春秋 2026年8月号

genre : ライフ 社会