トンネルを抜けると、そこは古き良き昭和だった――。来年、監督デビューから100年を迎える小津安二郎。まるで映画に登場したような閑静な自宅が今年、宿に生まれ変わる。

画家・小倉遊亀(ゆき)が周囲の協力を得ながら、小さなトンネルを掘った。この先に4軒の家を建て、うち2軒を小津が購入した
映画の神様に会いに行く
文=平山周吉
長いトンネルを抜けると「小津国」だった。北鎌倉に残る旧小津安二郎邸は、50代となった小津が老母と静かに暮らした親孝行の家である。小津映画の北鎌倉といえば、『麦秋』の一家が住まっていた。『麦秋』は3世代同居で、子供中心の騒がしい家庭だから、この旧居は、むしろ東大教授役の笠智衆と一人娘の原節子が2人だけで住む『晩春』の鎌倉の家に近い。60歳の誕生日当日、小津は闘病の末に亡くなる。亡骸はこの長いトンネルを通って、我が家に戻り、安置された。老母は1年半前に既に亡くなっていた。小津のお通夜はここで営まれる。俳優、スタッフ、知人など小津を慕う人々は身を屈めてトンネルを抜け、桃源郷の家に集まり、巨匠の早過ぎた死を悼んだ。原節子も急ぎ駈けつけた1人である。原節子は小津映画の「キャメラ番」を自称した撮影監督・厚田雄春と抱き合って、号泣した。原節子自らも「取り乱していた」と認めるその姿が、旧居に来ると目に浮かぶ。
■ひらやましゅうきち 雑文家。長年にわたり、雑誌や書籍の編集に従事。著書『小津安二郎』(新潮社)は第50回大佛次郎賞受賞

築100年を超える数寄屋造りの家屋ながら、一面のガラス窓でモダンな印象の母屋。数年前に解体されるところを、現在も当地に住む小倉家が買い取り、宿に蘇らせた。「家も庭も監督が住んだ頃とほとんど変わらない」と小倉慶己さん。野趣溢れる庭に鳥の鳴き声が響き渡る

母屋の玄関先には、客人を温かくもてなす茶室が設えてある。離れも同じ造りに
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