赤染さんが本作で芥川賞候補になった頃、自分は会社勤めをしていた。受賞のさいはコメントが欲しいとある新聞社さんから言われ、本作のコピーを送られて出退勤の時に読んでいた。それでもうほとんどショックを受けるぐらいおもしろくて、読み進めるのがもったいなくて、あーもう何これおもしれーとコピーから目を逸らして顔を上げた瞬間に、大阪の地下鉄谷町線の紫のラインと東梅田駅のホームの表示とベンチが見えたことを鮮明に覚えている。自分にとってこの小説は、読書というか、読んだ時間を丸ごと覚えているような出来事だった。

今読み返しても、いっさい色褪せていない。冒頭、スピーチ・ゼミのバッハマン教授が他の教授の授業に乱入してきて「思い立ったが吉日」と言い放った後、『ヘト アハテルハイス』(「アンネの日記」)の「一九四四年四月九日、日曜日の夜」の部分を明日までに暗記しろと学生たちに無茶ぶりをしたあげくウィンクをして去っていき、主人公の友人である貴代が反射的にウィンクを返した直後、「あのおっさん、ほんまにあほやな」とやはり反射的に手のひらを返す。このテンポが終盤までゆるむことなく続く。改めて、すごい瞬発力だと思う。
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source : 文藝春秋 2025年9月号

