
既読の芥川賞受賞作は果たして何作あるだろうか、という体たらくだが、仮にすべて読んでいたとしてもここにあげるのは迷わず『限りなく透明に近いブルー』となる。好き嫌いがどうのというより、感謝に近い気持ちで当のタイトルを記した。シナリオしか書いたことがなかった映画専門学校生が、小説に手を出すきっかけとなったのが本作だからだ。いわゆる純文学がはじめて身近なものに思えたのが大江健三郎の短篇「不満足」の不良少年像だったわたくしにとって、20歳くらいの頃に手にとった村上龍のデビュー作もまたすばらしい出会いとなり、小説という創作ジャンルのキャパシティーが意外なほどかぎりないことを理解する手がかりをあたえられた。再読せずにこれを綴っているので内容はまったくのうろおぼえだが、いわゆるセックス・ドラッグ・ロックンロールの標語がひじょうな現実感をともなって浸透していたはずの70年代東京におけるユースカルチャーを活写しつつ、福生という土地の特殊性に戦後日本の実情をかさねあわせた退廃劇だった気がする。いずれにせよ殊に印象ぶかかったのは、現場感覚に裏うちされたおちつきある記述が帯びる低空飛行の倒錯性とでもいうべき独特のおもむきだ。悪趣味なセンセーショナリズムに陥ることなくデカダンスを描くその手つきには、文章表現の幅ひろさというものを思い知らされた。言葉とは説明の道具のみならず表現の手段でもあるというごくあたりまえの事実を具体的に再認識したわたくしは、後日シナリオでの創作に限界を感ずるようになり、小説を書きはじめたのだった。正規の文学教育を受けていない自分にとっては村上龍が美大出身であることも後押しとなった。多謝。


村上龍氏は1976年に群像新人文学賞を受賞したデビュー作「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞を受賞。2000年から18年まで芥川賞選考委員を務めた。受賞作は講談社文庫に収められている。
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