赤染晶子さんとはじめて会ったのは、2007年の初夏だった。当時、文芸誌の編集部に在籍していたわたしは先輩から担当を引き継ぎ、ご挨拶にひとり京都へうかがった。物腰やわらかく、それでいて生真面目な芯のつよさがあって、なにより笑うとすごくかわいらしい方だった。
メールボックスを遡ると、倉橋由美子さんの『酔郷譚』の書評を最初に寄稿していただいたことがわかる。ファイルを開いたら、冒頭のタイトルに「もう会えない人」とあって、ハッとする。
『乙女の密告』で芥川賞を受賞された赤染さんは「私はこれからも血を吐いて、文学に精進していきたいと思います」と受賞のことばを結んでいる。言葉のとおり、常に全力で原稿に向かわれる方だった。
受賞後第1作を発表された後にまた新しい小説の構想をうかがい準備を進めているなか、おからだの調子がすぐれないとの話を聞いていた。まずは体調を戻すことを一番にお考えいただけたら、とお伝えしてはいたものの、そこまで具合が悪いとは思い至らずにいたことを悔やんだときにはもう遅かった。
2017年の年の瀬に届いた喪中のお葉書で、わたしは赤染さんがその秋に他界されていたことを知った。すぐに伝えないでほしいというご本人の意思があったのだという。自分にできることがなにかあったのではないか、という思いだけを残して時間は流れていった。
ひとり出版社という言葉が普及して、だいぶ経つように思う。ひとりで出版社をはじめるひとたちの仕事に興味を持つうちに、自分でもやりたくなって、ちょうど1年前、長年勤めた出版社を辞して、あらたな一歩を踏みだした。
実際にはじめて気づいたのは、これまでどれだけ多くのひとの助けのもとに本をつくっていたか、ということだった。気分はさながら上京したての大学生のようで、これまで当たり前のようにあったものはすべて準備してくれるひとがいたからだ、と知った。
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source : 文藝春秋 2023年8月号