夏目漱石は1900(明治33)年から1903(明治36)年、英国に官費留学を命ぜられロンドンにいた。長女筆子を出産し、二女恒子を身ごもった妻鏡子を残しての留学で、出発したとき漱石33歳、鏡子23歳であった。
筆まめな漱石は滞在中手紙やはがきを多く残している。一方の鏡子は筆不精で、なかなか返信をよこさない。達筆で文章に慣れた夫の長文の手紙に、出産を控え、実家に帰った鏡子も忙しく、おいそれと返事など書いておられなかったろう。が、ロンドンで鬱屈を抱えて孤独を感じていただろう漱石は、何度も催促の手紙を出す。
〈御前の手紙は[半年で]二本来た許りだ 其後の消息は分らない 多分無事だらうと思つて居る[略]便りのないのは左程心配にはならない 然し甚だ淋い〉(1901年2月20日付鏡子宛 漱石全集「書簡」(岩波書店)より [ ]は引用者注)
候文のまじった文章から手紙は次第にくだけた話体になって、率直に「さみしい」と書いている。さらに、
〈段々日が立つと[略]おれの様な不人情なものでも頻りに御前が恋しい 是丈は奇特と云つて褒めて貰はなければならぬ〉(同前)
こんなことを明示的に伝えなかった人だろうから、これは彼にとって最大級の告白だったのではないか。一方、鏡子の返信はこうだ。
〈あなたの帰り度なつたの淋しいの女房の恋しいなぞとは今迄にないめつらしい事と驚いて居ります しかし私もあなたの事を恋しいと思ひつゝけている事はまけないつもりです 御わかれした初の内は夜も目がさめるとねられぬ位かんかへ出してこまりました[略]これもきつと一人思でつまらないと思つて何も云はすに居ましたがあなたも思ひ出して下さればこんな嬉しい事はございません 私の心か通したのですよ〉(1901年4月12日付 半藤一利『恋の手紙 愛の手紙』文春新書)
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source : 文藝春秋 2023年8月号