大変申し訳ないのだが、私は宮本輝さんの熱心な読者ではない。だが作家としての自分のこれまでを考える時、「螢川」はどうしても外せない小説ということになる。

2007年に初めて芥川賞の最終候補になって以降、4回の落選を経験し、果たして次があるのかどうかも分らないが、学歴も才能もない作家が食いつないでゆくには芥川賞を奪取するしかないと自分で自分を唆し、過去の受賞作の中で真似出来そうなものはないか、盗めそうなものはないか、マトとして射貫けるものはないかと舌なめずりした挙句、「螢川」に狙いをつけた。北陸、富山の川沿いの町を舞台に、恋とも呼べないような淡い感情と、主人公の父親の死、友人の死が描かれる。ここには巨大な思想や政治性、小難しい高尚な議論などはない。地方の生活と、10代の人間の甘くも苦くもある日々が抑えた文体で書いてある。これならイケそうだ。それに当時、宮本さんは芥川賞の選考委員であり、選評で自分の小説を一度も誉めてくれたことがなかった。その宮本さんの作品を密かに盗み、今度こそまいったと言わせてみせる。芥川賞を必ず捥ぎ取る。
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source : 文藝春秋 2025年9月号

