落合の左足

巻頭随筆

田中 慎弥 作家
エンタメ スポーツ 読書

 大谷翔平は、野球選手としては手足が長い。あの長さを急激に伸縮させて走塁や守備をこなすのは、かなり大変なのではなかろうか。競泳とか陸上競技のように、一定の動きだけをずっとくり返す方が向いているように思える。球技において、少なくともケガをしにくいのはずんぐりした体形の選手だろう。

 大谷のバッティングについて、インパクトの瞬間に頬をぷうっと膨らませている、というのを、テレビ番組が肯定的に、というより面白がって伝えていたが、ああやって息を詰めていたのでは力がうまく外へ逃げず、自分の力を自分で吸収することになる。ストロークの時に声を出すテニス選手がいるが、あれは力をきちんと放出するためだと思う。力を出すというのは、力を体の外へうまく逃がす、そして余分な力が入らないようにすることなのではないか。大谷のスイングは野球のバッティングというより、ゴルフのバンカーショットを思わせる。力が体の外へうまく放出されず、自分の力で自分の体がクラッシュしている感じがする。ゴルファーにとってバンカーショットは出来ればやりたくないショットなわけで、競技は違うが大谷はそれを毎打席やっているように見える。長い手足をコントロールするために、体に無理な力がかかっているのではないか、としなくてもいい心配を、野球ファンとしてはしてしまう。

 現役時代の落合博満は逃げ腰で打っていた。普通なら踏み込む筈のピッチャー寄りの左足を、開くというか、引くというか、全然攻撃的でないのだ。神主打法と言われた構え方を含め、ありていに言えばふざけて打っているように見えた。考えてみれば王貞治の一本足打法だって、オリックス時代のイチローの振り子打法だってそうだ。一流のバッターは余分な力を入れず、ここぞというところにのみ力を集中し、その力をうまく外へ逃がす。だから、まるで遊んでいるかのように見える。途轍もない量の練習と集中力が合さると、そうなる。勿論大谷は一流の、というより規格外の選手だが、変な表現をするなら、規格外という枠の中でもがいている感じだ。大谷のやつ、この頃はふざけた打ち方しやがって、というところまで行ければいいし、行けると思う。

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source : 文藝春秋 2020年1月号

genre : エンタメ スポーツ 読書