「空気を染める高等技術」ジュリアン・ムーア

第231回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画

 ジュリアン・ムーアは、下半身だけ裸になり、服に付いたワインの染みを取っていた。それだけではない。夫役のマシュー・モディーンに「パンティぐらい穿けば」と咎められても聞かず、染み抜きを続けながら、昔の「どうでもいいファック」の話をまくし立てるのだ。

 ロバート・アルトマン監督の秀作『ショート・カッツ』(1993)の一場面である。登場人物のほぼ全員が屈託し、それをぶつけ合うこの映画のなかで、ムーアの存在はひときわ眼を惹いた。

 なにしろ、姿が凄まじい。沈着で、知性とユーモアさえ漂わせるムーアが、前も後ろも露出し、戦闘的な言葉を機関銃のように連射する。エロスは消し飛んでいるし、卑猥な感じも皆無だ。恐ろしいやら、おかしいやら。正攻法の芝居とオフビートな体質が入り混じっている。

ジュリアン・ムーア ©AFP=時事

 このとき、ムーアは30代前半だった。遅咲きの人なので、注目されてからそんなに時間が経っていない。私は、この映画で彼女の顔と名前を覚えた。

 ついでに言っておくと、1960年、ノースキャロライナ州に生まれたジュリアン・ムーアは、27歳で車の運転免許を取り、37歳で初めて子を持ったそうだ。大きなお世話だが、そう早くはない。ゴシップ記事や整形美容には、まったく興味を示さないとも言われる。

 ただ、30代以降の活躍は目覚ましい。90年代後半には、『ブギーナイツ』(1997)、『ビッグ・リボウスキ』(1998)、『マグノリア』、『ことの終わり』(ともに1999)といった傑作群があった。その前後には、『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(1997)や『ハンニバル』(2001)といった商業的大作に出ているし、少しあとの『エデンより彼方に』(2002)、『トゥモロー・ワールド』(2006)、『アリスのままで』(2014)も忘れがたい。

 なかでも再評価したいのは、グレアム・グリーン原作、ニール・ジョーダン監督の『ことの終わり』だ。地味な映画に見えるが、相手役レイフ・ファインズとの間に立ちのぼる化学反応が素晴らしい。

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source : 文藝春秋 2025年9月号

genre : エンタメ 映画