近代日本の見え方が変わる
「偉大な思想家の詐欺師的な創造性に注目」した『誤読と暴走の日本思想』は、本自体も確信犯的な「詐欺師」くささに溢れていて、ぐんぐん読ませる。
登場する「偉大な思想家」は8人を数える。途中までは妥当な選択だろう。明治初期の西周、福沢諭吉、中江兆民。翻訳語を作った世代だ。ついで西洋哲学から日本に回帰しようとした西田幾多郎、和辻哲郎の二大巨頭。それからポーンと大きく飛んで、現在活動中の中沢新一、東浩紀、落合陽一とグッと派手になる。これも著者のサービス精神の賜物という面もありそうだ。吉本隆明、柄谷行人は、ページ数の都合で泣く泣く落としたという雰囲気がある。

著者の鈴木隆美はプルーストを研究する大学教授だが、自らの出自を「フランス的な知的オーラに痺れ」ていた、「20歳そこそこのバカでスノッブな私」と自虐ネタをまじえて描く。生きたフランス語のニュアンスを知るために、フランス人女性を片っ端から口説き、失敗する。大学図書館の落とし物の中に『存在論的、郵便的』で華々しくデビューした東浩紀のカードを見つける。「フハハハハハ、バカめ、チャラい本なんて書いて金儲けしてるから図書館カードを落とすんだな」と羨望と嘲笑の「ロクでもない」我が身の若き日の姿をさらす。そんなエピソードがいつか「哲学」の話になっていく。
「偉大な思想家」たちを特徴づける共通性とは何か。それは「自分自身の身体感覚で、西洋哲学を日本文化に接木した思想家」ということになる。AI時代にあって頼りになるのは「自分自身の身体性」であり、頼るは自分の「身体知」しかない。「平均的な立論」ならば、AIに任せればいいのだから。
「日本人の良さは、謎の記号設置から生まれるオリジナルな発酵です。日本語文化圏に身を浸したその身体性が生む、誤読と暴走が日本の知的言説の味です」
その「暴走」は、日本人から見れば、「説得的」「まっとう」となる。中沢新一は「日本的誤読の祝祭空間」、東浩紀は「オタク的身体の舞踏」、落合陽一は「テクノロジーによる記号設置の暴走」と陽気に位置づけられる。彼らの「暴走」と「舞踏」を本書は言祝ぐ。彼らは明治維新以降の偉大な先輩たちと同じく、「自分の腹の底から出てくる言葉で、忠実に、誠実に、かつ自由に語っている」からだ。
近代日本の見え方と、近未来日本の見え方が変わってくる、元気の出る日本思想史を読むのは愉しい。特に語学の苦手な者にとっては。
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