西田幾多郎『善の研究』

第9回

浜崎 洋介 文芸評論家
ニュース オピニオン 読書

日本人の「善」とは何か

 保守とは、個人的な理念ではなく経験の事実を重んじる思想だが、それなら「個人あって経験あるにあらず、経験あって個人あるのである、個人的区別よりも経験が根本的である」という言葉を、その序文に書きつけた西田幾多郎『善の研究』(明治44年)は、日本の保守を考える上でも無視するわけにはいくまい。

西田幾多郎『善の研究』(岩波文庫)1210円(税込)

 輸入学問として始まった哲学において、飽くまで日本の現実から離れまいとした西田にとって、「経験」とは、ともすれば個人的観念に浮き上がってしまう言葉を、どうにかしてこの現実に引き留めておくための錘りだったと言える。

 では、なぜ「個人」による反省的思考ではなく、「経験」の方が根本的なのか?

 それは、「経験」が純粋であればあるほど、それが対象を超えて世界を有機的な全体として現前させるからである。

 なるほど、私たちは世界を分割することによって対象を明確に把握しようとしてきた。白と黒とは対比され、有用な物と無用な物は区別されねばならない。

 だが、私たちが白と黒を分割し比較するためには、その根底に「色」という統一的な経験がなければならないのではないか。つまり、私たちが分割的に捉えているモノの世界の根底には、必ずそれらのモノを超えた統一的な直観力(コト)が働いているのであり、世界の全体は、その純粋経験と共に一挙に私たちに与えられているのではないか。自由な反省や分析が始まるのは、その後である。

 とすれば、その統一を成さしめている力は、個人によって対象化できるモノの領域を超えている。かくして西田は、この対象化できない力を指して「神」とも「無」とも言い、その純粋経験(生命)に近づく道を「善」と呼ぶのである。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2024年10月号

genre : ニュース オピニオン 読書