従軍を志願した哲学者
『幸福論』のみが余りに有名な哲学者アランの評伝、といってしまうのは躊躇せざるを得ない。田中祐理子の『アラン──戦争と幸福の哲学』は、読む者を立ち止まらせ、考えさせる評伝である。
アランは1868年生まれというから、夏目漱石と同世代である。アンリ4世校というパリの名門高校の哲学教師であり、「プロポ」という哲学短文の書き手として知られていた。
1914年8月、ドイツがフランスに宣戦布告する。その翌日、アランは入隊を志願した。46歳になっていたから、兵役対象年齢ではない。フランスではそもそも教職者は徴兵を免除されていた。その制度が「不公平」だとアランは言い、「もし戦争が起こったら兵として応召する」と前から公言していた。それを実行に移しただけ、ともいえる。
アランは戦争に賛成だったわけではない。それどころか反戦の立場にあり、戦争を愚劣と捉え、ドイツとの融和を主張していた。アランの志願に困惑した当局は、後方の補給部隊という安全な役割を用意するが、アランは拒否する。前線に派遣される砲兵の任務を選ぶ。戦争の愚劣さを、あえて経験する。それも最底辺の兵士として、何の特権もなく。

本書に載る戦線でのアランの写真では、親子ほど年の違う少年兵と一緒にいる。最前線の塹壕の中で、ひとり壁にもたれて、パイプをくゆらす軍服姿のアランもいる。
アランは3年間の従軍をまっとうする。当初は激戦地ヴェルダンなどにいたため、思索は一時中断される。従軍して2年近くたち、足首の負傷で、前線を離脱する。怪我が幸いしてか、無事に復員できた。
アランは戦場でも思索を続けた。戦線生活から生まれた著作が『芸術論集』(桑原武夫訳)であり、『精神と情熱とに関する八十一章』(小林秀雄訳)だった。戦線から送られた原稿をまとめた本だ。アランは原稿を直さない人だった。
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