髙杉洋平『帝国陸軍 デモクラシーとの相剋』

第20回

平山 周吉 雑文家
エンタメ 読書 歴史

暴走の謎に迫る通史

「昭和100年、戦後80年」の夏、新書でも所謂「8月ジャーナリズム」本がドッと溢れた。時間と体力の許す限り読むことにつとめ、多くの人に読んでもらいたいと思う本を何冊か見つけた。

 波多野澄雄『日本終戦史1944-1945』(中公新書)は、行間まで味わいつつ熟読すべき終戦史の決定版だ。碩学の半世紀に及ぶ探求と思索が詰まっている。大木毅『太平洋戦争』(PHP新書)は、主な戦線を戦略、作戦、戦術に腑分けし、「成功」と「失敗」を読み解く。広中一成『七三一部隊の日中戦争――敵も味方も苦しめた細菌戦』(同)は意外な拾い物だった。居丈高な告発ではなく、昭和史としての史書となっている。

「イチ推し」として選ぶとすれば、若手の髙杉洋平(帝京大学准教授)の『帝国陸軍――デモクラシーとの相剋』となる。単純な陸軍「悪玉」論はさすがに過去のものとなりつつあるが、それゆえに「帝国陸軍」暴走の謎はかえって深まる。その謎に迫る通史が本書だ。初心者から上級者までが、それぞれに得るところの多い本になっている。

髙杉洋平『帝国陸軍 デモクラシーとの相剋』(中公新書)1210円(税込)

「国民皆兵」とは日中戦争以前はあくまで建て前だった。実際に徴兵されるのは、徴兵適齢期男子の2割以下に過ぎない。普通選挙法で男子全員に投票権が与えられる前の制限選挙の時代と比較すると面白いのかもしれない。「兵役」と「政治」の現実をしっかり把握しないと、陸軍の実相には迫り難い。この一事を以てしても、それは想像できる。

 著者は日露戦争以後の、「軍部、大衆、政党という新しい政治アクターの登場」を重く見る。そうした時代にさしかかっていたのに、「帝国国防方針」策定では統帥権独立を理由として、政府がオミットされた。時の総理西園寺公望は、「策定から政府が排除されたことに異議を唱え」なかった。西園寺の消極的対応が「禍根」を残したと著者はいう。「国家安全保障戦略の策定に際して、内閣を排除してもよいという前例」となるからだ。

 軍縮と政軍協調時代だった大正期を経て、陸軍は変質していく。著者は昭和陸軍は大正デモクラシーの「落とし子」として誕生したとする。その時期に蓄積された「不満や矛盾や自意識」が複雑に絡みながら、陸軍の存在感を押し上げていく。本書の圧巻部分だ。

 陸軍将校の意識の世代断絶、極東問題に関する日本と欧米列強との非対称性、蒋介石の「北伐」の影響、統帥権独立の逆説など要因は根深い。帝国陸軍の「主観的認識」を内在的に理解することのできる近代史だ。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2025年10月号

genre : エンタメ 読書 歴史