木村草太「憲法の学校 親権、校則、いじめ、PTA──「子どものため」を考える」

奈倉 有里 ロシア文学者
エンタメ 読書 教育

「学ぶ」権利を守るものはなにか

 小学校に入学した子供は、まずなにを習うだろう。友達と仲良くしましょう、授業の最初と最後には起立して礼をしましょう、廊下を走ってはいけません、下着と靴下の色は白です。子供にとってそれらすべては渾然一体として、どれが一般常識でどれが道徳でどれが人権侵害なのかが、なかなかわからない。先生だってそんなことは教えてくれない。

 そのすべてを理解している大人はごく僅かだ。私は子供のときも大人になってからも、規則に対して決して無自覚でいたつもりはない。たとえば寒い冬でもマフラーや手袋の着用を禁止する校則なんて、どう考えたっておかしいと思う。

 でも、それを憲法や法律に照らし合わせて理路整然と語れてきたかといえば、そうでもない。私たちの暮らす社会には、校則の前にもっと大事な法律があり、その前にさらに憲法があるという前提すら、ふだん意識する機会はなかなか与えられない。

 本書は学校をめぐる様々な問題の法的根拠を、具体例に基づいて解説してくれる、ありそうでなかった本だ。その内容は校則だけでなく、親権、PTA、教科書、給食、いじめなど、教育環境の随所に及ぶ。

木村草太『憲法の学校 親権、校則、いじめ、PTA──「子どものため」を考える』(KADOKAWA)1925円(税込)

 長年保護者を苦しめてきたPTAの問題も、憲法や法律を基点におけばたちどころに視界がひらける。まず憲法二一条一項には「団体に加入しない(、、、)自由」が含まれており、PTA加入に強制性はない。また、個人情報保護法の改正により学校側は保護者の同意なくPTAに個人情報を提供することができなくなった。さらにPTAが非会員の子供に不利益になること(卒業式で記念品を渡さなかったり、学校施設を利用した行事に参加させなかったり)をすれば、学校教育法やいじめ防止対策推進法に違反する。つまり法令遵守という当たり前のことがなされれば、解決できる問題はたくさんあるのだ。

 だが、難しい事例もある。生徒が髪を染めて登校していたところ、黒く染め直さなければ教室への立ち入りを禁じると言われ、不登校となった。学校側は教室に生徒の席すら設けず、課題提出等によって卒業が認められた。のちに裁判が行われ、結果として生徒の座席の排除は違法だが、黒染め校則は適法とされた。

 しかしここで面白いのは、校則違反と不登校にもかかわらず生徒が卒業を認められた点だ。これは校則に従う教育課程Aとは別に、校則に従わなくてもよい教育課程Bが生まれ、Bの学び方を選ぶ選択肢が他の生徒にも与えられたことを意味する。

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source : 文藝春秋 2025年8月号

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