『生きる演技』町屋良平/河出書房新社
『ハルビン』キム・フン/新潮クレスト・ブックス
『ガザとは何か』岡真理/大和書房
町屋良平の『生きる演技』は、元子役の生崎陽と、親が麻薬栽培で逮捕されたことをネタにする笹岡樹という高校生2人を中心に話が進んでいく。読み始めは斬新で実験的な文体に思えた文章のリズムが、中盤に差し掛かるころには内容に見合った――大人になった自分が忘れかけていた「演じる/演じない」に対するこだわりがあった思春期の、思考を蘇らせてくれる装置になっていることに気づく。読み終えてから思うのは、この本の主題として扱っていた「演技」というものが、読み始めたときの想像を超えた存在として感じられ、それゆえに、この本を読んでいるあいだは、読者は必然的にその、人間にとって本来は最も必要かもしれない「演じない」空間を漂えてしまう快作だということだ。
キム・フン著、蓮池薫訳『ハルビン』は、伊藤博文暗殺を主題として、伊藤の視点と安重根の視点の双方から交互に綴られていく。黄海道、ソウル、ウラジオストク、ハルビンを舞台とした、どこか幻想的な雰囲気の漂う落ち着いた筆致の物語からは、抑えた表現によって際立つ小説の向こうの歴史の過ちの重みが随所に感じられ、読後にいつまでも残る。そして、その重みと小説の身軽さの接点が、安重根と禹徳淳の簡素な会話と短い笑いの場面に結実している。読む人に歴史の義務をゆだねる、冬の日に読みたい1冊だと思う。
岡真理『ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義』は書名の通り、ガザの現状と歴史、現在なお続く虐殺について知っておきたいことを、実際に京都大学と早稲田大学でおこなった講義をもとに緊急出版された本である。ガザについての基礎的な知識を得られるだけではなく、メディアの陥りがちな誤った表現や解釈の問題点などについても要点を絞って考えられる。
ごく私的で小説的なこと、私たちと切り離せない過去のこと、現在の世界情勢について考えるべきこと、そのすべては繋がっていると思わせてくれる3冊を選んだ。
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