科学的根拠なき感染症対策を検証する
感染症は医学だけの問題ではなく、コロナ禍で明らかになったように、感染症対策には大きな社会的・経済的なコストが発生する。医学はできるだけ多くの生命を救おうとするが、医療経済学は健康と経済のトレードオフを前提に、費用対効果分析によって望ましい対策を考える。
『コロナ対策の政策評価』は経済学者が、感染症の専門家が主導した対策を批判的に検討したもので、「ちがう分野に口をはさまない」というムラ社会の論理が支配するこの国ではきわめて挑戦的な試みだ。

2020年4月の最初の緊急事態宣言で、人と人との接触機会を8割削減することが目標とされたが、その根拠とされた感染症の数理モデルは、新規感染者数と感染者数を取り違えていた。――これが本書で明らかにされる驚くべき事実だ。
感染症対策専門家会議のグラフに誤りがあることは20年5月にはネットで指摘されており、その後、著者を含む複数の専門家が確認した。正しい値で再計算すると、7割削減でも目標を達成できたはずだという。
もちろん、未知の感染症の蔓延という異例の事態で、専門家に完璧を求めることはできない。問題はデータやモデルが特定の感染症専門家に独占されていて、第三者が検証できるようになっていなかったことだ。その結果、最初の単純な間違いが修正されないまま、「科学」の名の下に過剰な対策を押しつけることになったと著者は指摘する。
これはきわめてきびしい批判だが、感染症の専門家から、なぜこのようなことが起きたのかの説明はないという。私が危惧するのは、「黙ってやり過ごす」という対応では、感染症医学への信頼が揺らぐのではないか、ということだ。
これがもし過失であれば、それがあまりにも初歩的なミスであるだけに、「日本の感染症医学は科学のレベルに達していないのではないか」という疑問を生じさせる。
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