戦争よりも、大切なのは戦後

第263回

塩野 七生 作家・在イタリア
ライフ 国際 歴史

■連載「日本人へ」
第259回 元勲も、女の視点から見るとしたら?
第260回 愛の讃歌
第261回 外交オンチは国民病?
第262回 「勝てば黄禍、負ければ野蛮」
第263回 今回はこちら

 今回とりあげるのは、つい最近に見たドキュメンタリー番組の話。

 日本ほど戦争モノに抵抗感を感じないヨーロッパではこの種の番組は多いのだが、私が見たのは、第一次から第二次大戦を経て現代までの戦争をあつかった番組だった。見ていてびっくりしたのは、軍事技術の急速な発展であった。

 第一次世界大戦ですでに、消えた騎兵に代わって戦車が登場し始め、海でも潜水艦が現われ始め、空では航空機の時代になっていく。しかもこの急速な変わりようは、日露戦争のわずか十年後から始まるのである。タメ息をつきながら考えた。日露戦争とは、あの時代だったからこそ勝てた戦争ではなかったか、と。

 日露戦争終了後に外国人の記者の一人が、勝った日本側の指揮官の一人に質問する。この後は何をするのかと。その人は答える。故郷に帰って百姓でもしますかね、と。秋山兄弟の兄のほうの好古(よしふる)は、故郷の松山にもどって中学の校長になった。この二人とも、日露戦争後から始まる軍事技術の進歩までは予想していなかったろう。しかし戦場で実際に闘った人間の直感で、これでオシマイ、とぐらいは感じていたのかもしれない。哀しい職務とはいえ軍人は、目前の戦争に勝つために存在するのだ。だが、それによって得た成果を、どうやれば長つづきさせられるかを考え実行するのは、政治の役割になる。

 結論を先に言ってしまおう。いかに時機を得たとはいえ「勝ち」で終わった日露戦争は、日本にとっては高度成長であったと思う。ただしその後の日本は、高度成長から安定成長への舵をきらなかったのだ。

 この問題への私の強い関心は、西洋史を書きつづけている間中、頭から離れたことはなかった。多くの国では高度成長からすぐに衰退期に入ってしまうのに、別の国だとなぜ、個人の自由を保証し経済力も維持し、独立を保持しながら長寿を享受できたのか、と。つまりこれこそが安定成長を選んだ場合の成果だが、その例を、古代のローマ帝国と中世・ルネサンス時代のヴェネツィア共和国から拾ってみたい。

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source : 文藝春秋 2025年9月号

genre : ライフ 国際 歴史