「ある程の菊投げ入れよ棺の中」

第264回

塩野 七生 作家・在イタリア
ライフ 国際 読書 歴史

■連載「日本人へ」
第260回 愛の讃歌
第261回 外交オンチは国民病?
第262回 「勝てば黄禍、負ければ野蛮」
第263回 戦争よりも、大切なのは戦後

第264回 今回はこちら

 この句を知ったとき思った。こんな一句を漱石が捧げてくれるのならば死んでもいいな、と。

 ところが、ちょっと調べただけでたちまち正気にもどったのである。漱石が贈ったこの一句の相手は大塚楠緒子という名の女人で、一高時代からの友人の奥さんで文章などもちょっとはモノする人であったらしい。

 そんなことよりも重要なのは、漱石の言葉によれば「芸者みたい」となる美人で、しかも肺病で死んだのが三十五歳の年。美人薄命の典型ではないか。それで、当時は同じ年頃であった私も考えた。これはもうあきらめるしかない、人に惜しまれての若死にという死期を逸したからには、これからも生きつづけるしかない、と。

 といってその後も健康に気をつけて生きたわけではない。それどころか、健康に悪いとされていることばかりをして生きてきた。

 人生五十年ならば酒もタバコも三十年ずつで合計すれば百十年、と言っていた父親に育てられたので、酒もタバコも味わう。そして男。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2025年10月号

genre : ライフ 国際 読書 歴史