「だめ、このままでは隠岐に行かないまま死んでしまうよ。次の夏はしんがり会で必ず聖地に行くよ!」。最年少の裕子嬢は勢いよく宣言した。同席した私や弁護士の國廣正までが、「おう!」と叫んでしまうほど決然たる調子だった。
昨年9月、東京・有楽町の狭い居酒屋で、元山一證券の清算業務センター長だった菊野晋次を偲ぶ会が開かれていた。旅好きの彼には残した夢があった。
「いつかみんなで行かないけん。あん島根の沖の隠岐諸島じゃ」。飲むたびに薩摩弁で呟いていた。そこは盟友である嘉本隆正の故郷なのである。
嘉本は1997年に山一が経営破綻したとき、有志による社内調査委員会の委員長を3か月間無給で務め、國廣らと会社崩壊の謎を追及した硬骨の元常務である。菊野は彼らを支えながら大勢の元社員の再就職を斡旋して、最後まで部下の世話を焼いた。
私は彼らの苦闘を、『しんがり 山一證券 最後の12人』(講談社文庫)に書いて「しんがり会」の末席に加わった。しんがり(後軍)とは負け戦のときに踏みとどまって戦う兵のことである。
だが肝心の嘉本が「私の出番は終わった」となかなか姿を見せない。菊野は「どうしたらあんな頑固な人間ができあがっとな。みんなで隠岐に行くならば彼も旅に加わっじゃろ」と言っていた。
そのうちに隠岐諸島への旅はみんなの夢になり、ぐずぐずしているうちに、菊野で4人目の同志を喪ってしまった。とうとう残る約10人のうち、80歳代が3人、癌や難病と闘う者が少なくとも3人という瀬戸際に追い込まれ、裕子嬢から「さあ行くよ」とどやしつけられたわけだ。彼女は元証券貯蓄部主任で、破綻の真相を知ったとき、「こんなバカが経営陣だったのか!」と叫んだ熱情家である。
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