ジェーン・バーキン日記を訳して

小柳 帝 ライター・翻訳者
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 昨年末、拙監訳という形で『ジェーン・バーキン日記』(河出書房新社)を上梓した。ジェーン・バーキンといえば、あのエルメスのバッグの名前の由来になった、イギリス出身で、後にフランスで活躍した俳優であり歌手である。惜しくも3年前の夏に76歳で世を去ったが、この日記は彼女が亡くなる前に発表されたものである。

 私も、2巻組で1000ページ近くもあるこの大著を、本国で発売されてからすぐに手に入れ一気呵成に読んだ。そして、願わくばこの本を自分で訳したいという誘惑に駆られたのだが、こうして監訳をする願ってもない機会を得たわけだ。

 私がジェーン・バーキンを知ったのは、1980年代に入ったばかりの頃のことだった。当時愛聴していたラジオ番組で彼女の曲がかかり、その囁くような歌声にたちどころに魅了された。ところが、その頃の私は、彼女についての情報を何も持ち合わせていなかった。いったい誰なんだろう。しばらく悶々とした日々を過ごしたことを覚えている。

 後でわかったことだが、ジェーン・バーキンは、この頃すでに、その楽曲のほとんどを作詞作曲していた公私にわたるパートナー、セルジュ・ゲンズブールとは破局していたのだ。一方で私は、ジャック・ドワイヨン監督の『ラ・ピラート』で、初めて俳優としての彼女の姿を目にすることになるのだが、ゲンズブールと別れた後の新しいパートナーこそ、そのドワイヨンだった。さらに驚いたことに、彼女は渡仏する前にも結婚していて、その相手はあの「007シリーズ」のテーマ曲を作ったジョン・バリーだというのだ。彼女はその3人の男性との間に、それぞれ一女をもうけた。ケイト・バリー、シャルロット・ゲンズブール、ルー・ドワイヨンである。そこから、俄然彼女の人生にも興味が湧いた。

セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキン Ⓒ時事通信社

 この日記は、ジェーン・バーキンが11歳の頃から約60年にわたって書き綴ったものだ。私がこれを読んでまず何が知りたかったかといえば、彼女の人生の節目節目に出会った人々や作品の背景的な話だった。ところが、自身も認めているように肝心な仕事の話はあまり出てこない。それもそのはず、そもそも日記とは、日常におけるその時々の心情を吐露したもので、ジェーン・バーキンだって所詮は人の子、日記のほとんどは、恋愛や結婚生活、育児における喜びや悩みで埋め尽くされていたのだ。

 とはいえ、ゲンズブールとの運命的な出会いとなった映画『スローガン』の裏話や、もともとブリジット・バルドーのために書かれた「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」を彼女が歌うことになった経緯など、興味深いエピソードもふんだんに登場する。

 しかし、それ以上に私が感動するのは、幼い頃から何事にも受け身で自信がなく、ゲンズブールと暮らしていた頃も、自ら「操り人形」だったと述懐しているジェーン・バーキンが、「私はもう33歳なんだから、支配されることも、恐れることも、恥じることもなく、自分の望むように生きたい!」と、意を決してゲンズブールと別れたあと、自立した大人の女性へと階段を駆け上がっていく、その様子が日記からありありと感じ取れることなのだ。

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source : 文藝春秋 2026年4月号

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