小林旭
顔を見てすぐに声を思い出すスターは数多い。ハンフリー・ボガート、マリリン・モンロー、三船敏郎、若尾文子……。
だが、名前を聞いて、顔より先に声を思い出すスターは意外に少ない。真っ先に浮かぶのは、ダース・ヴェイダーの声で知られるジェームズ・アール・ジョーンズだが、日本にも圧倒的な声の力を持ったスターがいた。
小林旭だ。
小学生だったころ、私や近所のガキどもは、声を張り上げてアキラの歌を合唱していた。最初はたしか〈ダイナマイトが百五十屯〉で、〈ダンチョネ節〉や〈ズンドコ節〉がそれにつづいた。〈ズンドコ節〉のころは、もう中学生になっていたかもしれない。そのあとが〈恋の山手線〉や〈自動車ショー歌〉。なにしろラジオ・デイズだから、家のなかでも外でも、小林旭の歌声は川のように流れていた。その尻馬に乗って高音部を長く伸ばすのが気持よく、歌詞を少々まちがえようと、だれもがへいちゃらだった。
小林旭は映画でもスター街道を走りつつあった。銀座旋風児(マイトガイ)シリーズや渡り鳥シリーズが1959年から、流れ者シリーズや暴れん坊シリーズが60年からはじまり、新作が切れ目なく劇場にかかる。
電信柱には、あくどい色遣いのポスターがべたべたと貼られていた。前回上映分のポスターがきちんと剥がされていないため、映画の印象はつい一緒くたになりがちだ。近所のあんちゃんのお伴でときどき見る、という感じの連作だったが、当たり外れは子供にもわかった。
そんななかで、妙にはっきり覚えているのが『大草原の渡り鳥』(1960)だ。見直してみると、映画の冒頭、馬にまたがった滝伸次(小林旭)の姿が眼を惹く。背景は湖畔に広がる湿原。うしろに乗せた少年(江木俊夫)に向かって「坊や、もうすぐ釧路の町だぞ」と声をかけ、滝は丘の斜面を下る。引きの画面でも、背筋の強そうな小林旭の肉体が、広い空間に負けていない。編集のテンポも快い。
そこから先の展開も、くどくならない。少年の探す母親(南田洋子)は、釧路の暗黒街を牛耳るボス(金子信雄)の愛人になっている。ボスと腐れ縁でつながる賭博師(宍戸錠)は、滝に友情を感じはじめる。滝は、アイヌの集落で順子(浅丘ルリ子)と出会う。その辺はお約束だが、湖畔や硫黄精錬所で繰り広げられるアクション場面は速くてタイトだ。
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source : 文藝春秋 2021年6月号