昨年のペナントレースを独走で優勝した阪神タイガースが、12月4日にこれまで秘匿されてきた球団の“負の歴史”を公開した。
「藤村富美男監督退陣要求書」。それは今から70年前の昭和31(1956)年11月20日、初代ミスタータイガース・藤村富美男選手兼任監督に対し、主力選手ら13名が造反するという前代未聞の大事件の発端となった歴史的文書である。主将の金田正泰、ベテラン真田重蔵を中心に、若手の吉田義男、小山正明ら選手12名を敏腕マネージャーの青木一三が束ね、この「要求書」を提出させるに至った。

〈(藤村監督の)人間性を細部にわたり検討したる結果 来年度公式戦に藤村富美男監督の指揮下に入り行動する事は出来ません。依て藤村監督の退陣を要求します〉と、見事な達筆で認めた文章の書き手は金田正泰と見られており、その後には12名の署名と血判のような赤い拇印が並ぶ。まるで幕末の志士のような決死の覚悟を漂わせるが、選手たちはワンマンと呼ばれた藤村の独善的な言動を批判し、待遇改善も含め「藤村が監督のうちは帰らない」と、一歩も引かぬ覚悟だった。
焦った球団は青木・金田・真田を解雇。これに選手たちは激怒し一時はドロ沼化するが、東京から巨人の川上哲治らが説得に訪れ、12月30日にやっと和解。騒動は約50日に及んだ。
この阪神球団史上最悪のスキャンダルと言われた「藤村排斥事件」は、“選手王様主義”、“フロントと現場の乖離”、“タイガースの醜聞は新聞が売れる”等々、タイガースの伝統芸・お家騒動の発端となり、その後の長い低迷に与えた影響は計り知れない。「藤村退陣要求書」が、今でも球団事務所の倉庫に保管されているという話は、拙著『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』の取材中にスポニチの内田雅也記者から聞いていた。だが、実物を目にすることは一生叶わない。そう諦めていた黒歴史の象徴を球団自ら公開すると聞いて腰が抜けた。
昨年は球団創設90周年の節目の年。そして、2月に吉田義男、4月に小山正明が鬼籍に入り、連判状に関わった13人全員が他界したことも大きな理由だろう。生前、2人は、この藤村排斥事件に名を連ねた後悔を生涯の不覚として口にしていた。
「結局、あの騒動はなんだったのか。今でも何がなんだかわかりませんねん。小山も三宅(秀史)も一緒ですわ。金田さんの大きいお宅に選手が集合して『タイガースを強くするにはどうすればいいか』話をしとったんです。ところが、あれよあれよと、この集まりが藤村さんを排斥する集会になってしまい……ぼくが若手の中心のようにね。スポーツ新聞が取材に来ていたこともあって、あらぬ方向へ進んでしまった」(吉田義男の回想)
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