「韓国のトランプ」の行方

木村 幹 神戸大学教授
ニュース 政治 国際 韓国・北朝鮮

 いきなり私事で恐縮であるが、この夏は約2ヵ月半の日程でソウルに滞在している。研究用の資料を集め、また様々な人々とあって話を聞き、ネットワークを広げる為である。と言えば尤もらしいが、要は安いアパートを借り、図書館に行って本や論文を読んで原稿を書き、韓国料理を食べながら知人らと安い焼酎を酌みかわす毎日だ。

 さて、こうして短期間とは言え、韓国に暮らして思う事がある。それはこの国は僅かな期間ですっかり落ち着いたんだな、という事だ。昨年12月の戒厳令宣布後の大混乱が嘘であったように、街は平穏に戻り、人々は政治に対する関心を失っている。内乱罪での公判や捜査が進む尹錫悦に関わるニュースは、今も街角で流れているが、注目しようとする人々は殆どいない。日本と同じく猛暑の日が続いた韓国では、毎週末恒例になっているデモにすら人々は集まっておらず、少数の参加者は道路脇の木陰から如何にも暑そうに集会を眺めているだけだ。

 落ち着いているのは、街角の様子だけではない。新たに成立した李在明政権は与党「共に民主党」が国会全300議席のうち175議席の安定多数を有しており、前政権関係者の追及や、不動産価格高騰に備えた政策等、自らの望む政治を粛々と進めている。

「韓国のトランプ」ともいわれた李在明大統領にも変化が Ⓒ時事通信社

 盧武鉉や文在寅といった強いイデオロギー色を有していたこれまでの進歩派の大統領と異なり、民主化運動や学生運動の経歴を持たない李在明が掲げるのは「実用主義」であり、その視点は、物価、雇用、新産業支援等の個別の問題について一つ一つ対処する方向に向けられている。外交でも派手なパフォーマンスはなく、アメリカとの間の「トランプ関税」を巡る交渉でも、その実質的過程では、積極的に自らが前面に出ることなく、閣僚に任せた。北朝鮮との対話の実現を求めて、成立当初から首脳外交を交えた活発なアメリカへの外交攻勢を見せた文在寅政権とはきわめて対照的である。

 そして、この様な中、李在明の支持率は予想以上のものになっている。世論調査会社リアルメーターによれば、その数字は7月に入ると60%を突破し、以後も50%を上回るものになっている。前任の尹錫悦の支持率は最も高い時期でも50%台前半に留まったから、李在明政権が如何に良好なスタートを切ったかがわかる。

 大きな夢を語らず、外交交渉の前面にも出ず、ただ黙々と目の前の仕事を処理していく大統領が相対的に大きな支持を集めていく。それはある意味では、今の韓国の時代を象徴する出来事だ。嘗ての韓国には経済成長と民主化の2つの成功があり、人々は、明日は今日よりよい社会になるだろうという期待を持つ事が出来、歴代の大統領は将来への明るい夢を語ってきた。

 しかし、経済成長が鈍化し、民主主義を巡って左右両派が対立するこの国で、更なる経済の成長や民主化を見通す事は難しくなっている。この様な中では、安易な夢の提示は寧ろ虚ろに映り、人々はその歯が浮くようなセリフに背を向ける事になる。

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source : 文藝春秋 2025年10月号

genre : ニュース 政治 国際 韓国・北朝鮮