「ここは徳島料理が有名なお店なんですよ」
9月下旬、私は都内の日本料理店で経団連の筒井義信会長と向かい合っていました。筒井会長と言えば、飲み会の場で同僚や部下と本音で話す時間を大切にしてきた経営者として知られています。本誌12月号に掲載したグラビア記事「日本の顔」で、そんな“飲みニケーション”の様子を紹介すべく、行きつけのお店で会食風景を撮影させていただきました。

そのときのことです。ビールにワイン、日本酒、焼酎……次々と杯を開けていく間にも、私のグラスが空くと「次、何を飲まれますか?」と気遣いをしてくれます。次第に酔いが回ってきて、私が「経団連会長って面白いんですか?」と失礼な質問をした時も、「面白いかどうかではなく、指名されたからにはやるしかない。使命感でやるものです」と、丁寧に答えてくださったのが印象的でした。
また、筒井会長の癒やしの時間についてもうかがいました。それは、寝る前に歴史小説を読むことです。一番好きな作品は、人々の生活に焦点を当てた藤沢周平の『用心棒日月抄』。ほかにも、司馬遼太郎や宮城谷昌光さんら数多くの作品を愛読され、文学に対する造詣の深さが伝わってきました。
今後の日本経済の見通しや経団連会長の職務だけでなく、幼少期やご家族のことなどプライベートな話もしていただきましたが、母校である神戸高校に話が及んだ時は、こう語りました。
「扇千景さんや樺美智子さんらバラエティに富んだ方が卒業されていますが、誇るべき先輩の一人が村上春樹さんです」

村上さんの作品の中に、「文藝春秋」2019年6月号で初めて父親との交流について綴った「猫を棄てる」というエッセイがあります。「文藝春秋読者賞」を受賞し、2020年に単行本化されています。まだお読みでないとのことだったので、会食の翌日、経団連会館でのインタビューの際に単行本をお渡ししました。驚かされたのはその数日後です。筒井会長は早速読んでくださって、直筆の御礼状を送ってくれたのです。経団連会長として多忙を極める中でも、心配りを感じさせられました。
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