この、下手くそ

復活拡大版27組 オヤジ編

一龍斎貞鏡 講談師

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親子のかたちは時代を映す。昭和59年から40年続いた長寿連載、一号限りの豪華リバイバル

「大丈夫だ。お前が真打になるまでは、お前が嫌と言っても生きててやる」

 師匠でもあり父でもある講談師の八代目一龍斎貞山は、救急車で運ばれる直前にこう話してくれたが、これが最期の言葉となった。父は、私の真打昇進目前に空へ旅立った。講談師である父が最期についた嘘であった。

 講談とは、歴史上の人物の逸話を起承転結に沿い、自分が見てきたように読む伝統話芸である。史実を針小棒大に読むところから、「講釈師 見てきたような嘘をつき」と昔から川柳に詠まれている。世襲制ではない講談界。初めて父の講談を聴いたのは20歳の時であった。父の怪談を興味本位で聴きに行ったこの日、普段の姿とはあまりにもかけ離れた父の美しい高座姿を見て、私の後の人生が決まった。「私、父ちゃんの後継ぎになる」と。

一龍斎貞鏡氏(本人提供)

 普段は父とすれ違いの生活を送っていた。父は私が学校へ行く時間にはまだ起きておらず、塾やピアノ教室から帰ってくる時間には夜公演へ出ていて不在。土日も独演会や地方での会がある為、父とお出掛けをした記憶は殆どない。そんな父がたまに家にいて見かけるのは、贔屓のヤクルトが負けると丸めた新聞紙をテレビに向かって投げ付け、競馬で擦って「畜生!」と怒鳴り散らし、麻雀に負けて真っ赤なラークを3箱でも5箱でも吸い続けて苛々している姿であった。私が若気の至りで、「お洒落タトゥーを入れたい」と話せば、「馬鹿野郎! 半端なことするんじゃねぇ! どうせ入れるなら、全身に倶利伽羅紋紋(くりからもんもん)を入れろ」と言い放った父。学芸会も運動会も部活のテニスの都大会も応援に来てくれたことは一度もない。父は無理に良い親になろうとせず、背中でその生き様を見せてくれたのだ。

 今、私は親となり、5人の子育てに奮闘中であるが、父のこのマインドはとても深いと感じている。「親であるから何よりも子供優先で穏やかに、決して怒ってはいけない。自分は我慢して、子供の好きな事に付き合うのが良い親だ」と1人目の出産後は暫くそう思っていた。が、無理は長続きをしない。様々な考えがあるが、私は、親であるから自分の好きなことや時間を犠牲にという思考は歪みを生じさせると感じる。

3歳の頃、肩車する父と(本人提供)

 第一、純真無垢な子供には、大好きな父ちゃん母ちゃんの無理は見透かされてしまうだろう。親も1人の人間であるのだから、子供を大事にするのと同時に自分も大事にしなければ、他の人を大切に出来ないように感じる。飾らずありのままの姿を子供に見せた父。「俺はこれが好きだ。これは興味ない」と娘である私に示した父のマインドが、私は好きだ。

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source : 文藝春秋 2026年1月号

genre : ライフ ライフスタイル