回避型人類 増殖する「ネオサピエンス」

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「回避型愛着」スタイルの人が世界中で増えている。一言でいえば、他人との親密な関係を避けるタイプだ。共感性に欠け、思いやりが苦手。しかし高い知的レベルを持つ人も多い。われわれをそんな「心の絆を求めない新人類」へと進化させているのはIT革命だった。

「回避型愛着」の大学生は5割以上

 パートナーと一緒に過ごす時間が長くなると、親しみが増すどころか、会話もない相手にイライラや嫌悪感しか湧かない。部屋に引きこもったわが子と長い間、顔を合わせることもままならない――恋人や夫婦、親子の間柄で、心が通じ合わない状況に苦しむ人が増えています。

 職場では、上司が部下を飲みに誘ったり、面と向かってとことん話し合いたいなどと思っても、形式的な反応しか返ってこず、部下が何を考えているのか今ひとつわからない、という話もよく聞きます。

 それは、「回避型愛着」スタイルを持つ人が、世界中で目に見えて増え続けているからなのです。

 岡田尊司さんは、30年のキャリアを持つ精神科医。東京大学文学部哲学科から京都大学医学部へ転じ、卒業後は同大学院で研究を続けながら、京都医療少年院で、重大な事件や薬物犯罪などを起こした若者の精神的危機と、長年向き合ってきた。

 現在は大阪のクリニックや心理センターを拠点に、臨床の最前線に立ち続けている。

 子どもの脳の発達に悪影響を及ぼすゲームの依存性を初めて指摘した『脳内汚染』(文春文庫)、さらにこの問題を追及した『インターネット・ゲーム依存症』(文春新書)など、臨床現場で培った感覚と最新のデータ分析で時代を先取りする論考を発表してきた。『脳内汚染』から十数年が経ち、ゲーム依存はWHO(世界保健機関)の診断基準に加えられた。また、愛着の問題がクローズアップされるきっかけともなった『愛着障害』(光文社新書)など、数々のベストセラーでも知られる。

 回避型愛着とは、一言で言えば他人との親密な関係を避けるタイプ。共感性に欠け、思いやりが苦手で、他人の痛みには鈍感ですが、仕事の面では、高い知的レベルや技術を持つことも多く、たとえば外科医やIT系の技術者などとして成功している人もいます。これまでは、1人でいるのが好きな人、というように好みの問題として片付けられていましたが、次第に人口の中で大きな割合を占めるようになってきました。

 アメリカやヨーロッパ、そして日本でさまざまな調査が行われていますが、ヨーロッパで回避型の特徴をもつ成人の割合は30%にも達し、若い世代により多くみられます。日本の大学生を対象にした近年の調査では、回避型は28%。「恐れ・回避型」という傷つきやすいタイプも含めると、全体の5割を超えます。

 回避型を示す人の割合は確実に増加し、もはや少数派ではない。

okada takashi近影
 
岡田氏

27年前の殺人事件

 27年前、私は1人の若者に出会いました。殺人を犯して医療少年院に入ってきたその子は、殺人犯のイメージとは正反対の、内気で物静かな若者でした。喜怒哀楽をほとんど示さず、感情も希薄でした。

 かつて殺人事件といえば、家族や知人、恋人同士の愛憎など、人間関係や感情のもつれが背景として見受けられましたよね。

 しかし、その子と殺した相手とは、さほど関係があったわけでもない。自分が大事にしていたものに勝手に触れたという、他人から見ればささいなことが事件の発端でした。なぜ相手を殺すところまで思いつめたのか。母親はビジネスで成功していましたが、仕事で忙しく、彼は孤独に育ちました。誰にも心を開かず、信じられるのは、人よりも物だったのかもしれません。

 まだその頃は、医療少年院に入ってくる子はいわゆる非行少年タイプが多く、仲間とつるんで暴走行為をしたり、シンナーを吸ったりするようなケースが中心だった。

 ところが、友人もおらず、普段は1人で引きこもっているような子が、突然理解できないような激しい犯罪に走ってしまったのです。これ以降、このようなケースが、だんだん目につくようになりました。そうした子は、愛着のタイプで分類すると「回避型」を示すことが多いのです。

 ただし、「回避型」が即座に犯罪と結びつくわけではありません。回避型に、心の傷や挫折、不運な偶然が重なったとき悲劇が起きるのです。

 愛着という言葉を端的に言い換えると、「親との絆」になります。幼児期から親と育んできた関係によって、10代の後半頃には、その人の愛着パターンが定着します。

 そのタイプは、「安定型」、「不安型」、そして「回避型」、「未解決型」などに大別されますが、親との関係に何らかの問題を抱えた、後の3つのタイプの中でも、回避型はあまり注目されてきませんでした。

 なぜなら、私が医療少年院で経験したような事件は稀なケースで、たいていの回避型は、むしろ波風を避け、付き合いが悪いところはあっても、目立たないように生きてきたからです。

増える「回避型」愛着障害

 この30年間、私は臨床家として、「現代の奇病」と呼ぶべき不可解な症状が激増するのを目の当たりにしてきました。たとえば、境界性パーソナリティ障害や子どものうつ、躁うつ、拒食や過食を引き起こす摂食障害、ADHD(注意欠陥/多動症)などです。こうした症状は、戦前にはほとんど見られなかったもので、いずれも1960年代前後から突如増え始め、その後は増加の一途を辿っています。

 これらの症状はなぜ、軌を一にして出現し、増え続けたのでしょうか。一つ一つ違った病名がつけられていますが、果たして共通する原因はないのでしょうか。

 前著『死に至る病』(光文社新書)でも論じましたが、実は、これら「現代の奇病」は、共通して不安定な愛着、中でも、「不安型」や「未解決型」の愛着パターンと強い関連があることがわかっています。幼い頃に母親との間で不安定な愛着を示した子では、これらの症状の発症リスクが大きくなるのです。たとえば、精神的に不安定な親に育てられたり、幼児期に虐待を受けたりした場合、その子は不安定な愛着を抱え、自傷や希死念慮、慢性的なうつ、過食、依存症、心身の不調などに苦しめられやすい。

 このように、現代人が抱える「生きづらさ」の根底に、愛着の問題が根強く横たわっていることが、最近になってわかってきました。こうした事実に着目し、私は臨床現場で、慢性のうつや自傷、過食などの問題を示している本人ではなく、その親に働きかけることによって、子どもの状態を改善できることに気づきました。親が子どもとの関わり方を変えることができれば、たとえ子どもに直接治療を行わなくても症状が治まるケースが多く見られるのです。

 幼い頃に不足してしまった愛情や不安定な境遇が残した傷跡を回復することは容易ではありませんが、人と人との絆を信じ、人間らしい愛情を取り戻すように努めることが、医師としての私の使命であると考えてきました。

 しかし、自分のしていることが、虚しく思えることもあります。ことに、それは回避型の強い人を前にするときです。絆を捨て去ることで、どうにか自分を守って生きてきた彼らに、同じように共感や絆を期待することは、無理という以上に、何か見当違いなことをしているのではないのか。今起きていることを、まったく別の角度から見る必要があるのではないのか。そう思わざるを得ないような事態が進んでいるのです。

 かつては、非常に稀だった「回避型」も、今や普通の家庭や職場にあふれています。自ら苦しみを訴え、治療を求める不安型や未解決型の陰に隠れながら、彼らは着実にその数を増やしていたのです。

 人との親密な関係を避ける回避型の特性は、幼年期から親との情緒的関係が希薄で、愛情や共感を期待しなくなった結果です。不安型や未解決型が、親の愛情を求めるあまり不安になったり、揺れ動くのとは対照的に、回避型は最初から「求めない」という戦略を取ります。そのため、ある意味で安定しているのです。

自分の感情がわからない

 人間同士の親密な関係の最たるものは性的に結ばれる関係ですが、回避型の人たちはセックスに対しても消極的です。2010年代に行われた調査で、すでに20代独身男性の4割以上が異性と付き合った経験がなく、30代未婚男女の4分の1以上がセックスの経験がないと答えていますが、このような傾向は回避型の広がりと一致します。

 また、喜怒哀楽の感情の中枢である扁桃体が未発達であるため、感情が希薄なだけではなく、喜怒哀楽そのものも未分化です。彼らが気持ちを聞かれてもうまく答えられないのは、自分でも自分の感情がよくわからないためです。

 自分が悲しいとかつらいとか、そんなこともなるべく見ないようにして生きてきた結果なのです。精神医学の言葉で、そういう状態を「失感情症」と呼ぶことがあります。

 1980年代初頭に、田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』という小説が大ベストセラーになりました。モデルのバイトをしながら、青山の高級マンションで暮らす女子大生が主人公です。付き合っている彼氏はいても、お互いに束縛しない関係で、ブランドものに囲まれて毎日楽しく暮らしている。しかし、誰とも情緒的繋がりを持たないことや、自分の感情すら見失っていることに、漠然とした不安も感じている。

 当時精神科医は、この主人公が失感情症ではないか、と指摘しましたが、この小説が若い世代の共感を得たことは、すでに回避型が広がりつつあったことを示しているでしょう。

ビル・ゲイツはなぜ成功した?

 絆を求めない生き方は、世代を重ねるごとに次第に強化され、そのことに悩まない人たちが現れ始めます。「脱愛着化」が進んでいるのです。

 母親と目を合わせたがらない赤ちゃんも最近は珍しくありません。

 そもそも多くの回避型は、子育てが苦手です。赤ちゃんを見るとぞっとして、可愛いとも思えなければ、どうあやして良いかもわかりません。

 回避型はたいていマニュアル人間で、ルールと統制で物事を考える傾向が強いため、赤ちゃんなどという厄介な存在は、まともに作動しないロボットと同じようなものです。このような親が無理に子育てしようとすると、しばしば悲劇が起きます。

 別の形で回避型の特質が現れるケースとして、「自分だけの手で子どもを育てたい」という人も増えています。旦那さんには一切子育てにタッチしてほしくない、自分が思った通りの子どもに育てたいというタイプの女性です。核家族化からさらに1歩進み、「個の自立」が進む中で起きている現象と言えるでしょう。

 ビジネスの世界では長い間、トップに向くのは共感型の人だと思われてきましたが、近ごろは必ずしもそうとは言えません。たとえば、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏は、幼い頃から人とのコミュニケーションに課題を抱えていたそうですが、信頼関係よりも法規や契約を優先したことにより、大きな成功を得ました。もはや、ビジネスの世界に共感などは必要ないのかもしれません。

 回避型タイプが「ある意味で」精神的に安定しているというのは、感情を普段は強く抑え込んでいるためで、それは本当の安定ではありません。ですから、回避型は、ある日突然不安に襲われパニック障害や心身症になったりします。自分の感覚や気持ちを他人事のように切り離して生きているので、身体に無理がかかっていることを自覚できないのです。

 また、普段は物静かなのに何かをきっかけに強い怒りを感じると、突然キレて何をするかわからなくなったり、自殺衝動に駆られたりします。

 人生の本当の目的や信念を持たない彼らは、安定しているようでいて、実はストレスを受けやすい。だから、感情を紛らわすために、常に何らかのゲームに没頭し、依存している必要があります。それはビジネスだったり、あるいはオンラインゲームだったりします。そうした依存性の高い遊び、あるいは薬物そのものが、これからますます隆盛していく産業分野になるでしょう。

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source : 文藝春秋 2020年1月号

genre : ニュース 社会