2月8日に投開票が行われた第51回衆議院議員総選挙(総定数645議席)では自民党が316議席を獲得し、地滑り的な勝利をおさめた。この総選挙は、事実上、日本初の大統領選挙だった。1月19日、高市早苗首相は、「高市早苗が内閣総理大臣でよいのかどうか。今、主権者たる国民の皆様に決めていただく。それしかない」と述べた。自民党の選挙公約も明確ではなかった。にもかかわらず国民は高市早苗氏という個人に対して白紙委任状を与えるという選択をした。
過去の歴史を振り返ると日本の内政が混乱するのは国際秩序が激変するときである。南北朝の動乱は、中国に明王朝が成立し、朝鮮、ベトナム、琉球などの周辺諸国を冊封体制に組み込んでいく過程で起きたことだ。冊封体制に適応していこうとしたのが北朝で、日本独自の道を進もうとしたのが南朝だった。政治的には北朝が勝利したが、国家イデオロギーとしては南朝の日本独自の道が採用された。
戦国の動乱と織田信長や豊臣秀吉による天下統一の背景にも、ローマ教皇によるスペインとポルトガルによる全世界の分割承認と、カトリシズムの宣教政策がある。日本が植民地になるのを避けるためには、国家統一が必要だった。この政争に勝利し成立した徳川幕府が三代将軍徳川家光のときにキリスト教を禁止し、「鎖国」といわれる体制を構築した。その選択をしなければ、日本はマカオやフィリピンのように植民地にされてしまったかもしれない。
国際情勢の激変と内政の混乱
幕末の動乱、明治維新も、欧米の帝国主義列強の影響が東アジアに及ぶ中で起きた。アヘン戦争後の中国のように欧米列強の植民地とされるのを避けるためには約700年続いた武士の統治体制を転換し、天皇親政という体裁で日本の近代化を進めていく必要が生じたのだ。その過程で、幕藩体制の改革で危機を乗り切ろうとした勢力と、その枠組み自体を超克しなくてはならないと考える勢力が激しく争ったのである。
最近の事例では、1993年の細川護熙非自民党政権の成立も、東西冷戦の終結、ソ連崩壊という国際環境の変化に日本の政治エリートが適応する過程で起きたと見ることが出来る。2009年の民主党政権の成立は、2001年の9.11米国同時多発テロ以降の「ポスト冷戦後」の国際秩序の変動に日本の政治エリートが適応しようとする動きだったのだと思う。いずれの非自民党政権も短期で終わり、権力は自民党を中心とした政権に戻った。しかし、権力復帰後、自民党政権の理念も行動様式も抜本的に変化した。
2022年2月24日のロシアのウクライナ侵攻以後、国際秩序は大きな変動期に入った。ロシア・ウクライナ戦争、イスラエルのガザ作戦など力によって既存の国際秩序を変化させることが可能になった。この流れに米国も加わっている。年始に起きたアメリカ軍によるベネズエラ攻撃がその典型だ。
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