広中平祐、池田昌子、神足裕司、八田英明、永井一正

NEW

ニュース 社会

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム

★広中平祐

 数学者の広中平祐(ひろなかへいすけ)は数学のノーベル賞とされるフィールズ賞を得たが、若者たちの教育にも情熱を燃やした。

広中平祐 Ⓒ文藝春秋

 1970(昭和45)年、「代数多様体の特異点の解消」の業績でフィールズ賞を受賞する。研究はすでに64年に発表され、66年にも同賞候補に挙がっていた。日本人の受賞は小平邦彦に次いで2人目で、既に39歳であり数学者としては遅咲きだった。

 31年、山口県に生まれる。両親とも子持ちで再婚、しかも、広中を含めて子供を10人もうけたので「15人きょうだい」の一人だった。父は織物商で地主。地元の高校から京都大学理学部に合格するが、戦後改革で没落していた父がくれた学費は5000円で、1年で使い切ってしまう。

 そこで日本育英会(現・日本学生支援機構)に奨学金を願い出たが、大学受験のさいの成績が悪く審査員たちは渋かった。広中が「僕の高校から京大に入ったのは2人だけ。僕は成績が悪くても才能はある」とまくしたてると審査員たちが笑い出し、年1万円の奨学金が与えられた。

 数学を専攻したのは大学3年になってからだが、みるみる頭角を顕す。京大大学院をへてハーバード大学大学院でオスカー・ザリスキー教授に師事。ザリスキーが若い頃に試みた1次元から3次元までの「多様体の特異点の解消」を苦闘の末にすべての次元で証明するのに成功した。約百枚の論文にまとめたが、タイプしてくれたのは文化人類学者で妻の和歌子だった。

 ハーバードの大学院時代に、研究のため暫くパリで暮らした。このときまだ駆け出しの指揮者・小澤征爾と出会って意気投合する。広中が68年にハーバード大学教授になり、5年後に小澤もボストン交響楽団の音楽監督に就任したので、広中は妻としばしば小澤が指揮するコンサートにかけつけたという。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2026年5月号

genre : ニュース 社会