見習いたい「尻上がり」の大往生
日本及び東洋を英語で発信した代表的日本人として、岡倉天心、内村鑑三、新渡戸稲造とともに、鈴木大拙の名を逸することはできない。大拙の場合、大拙本人が東西の交差点となったことも特筆される。ジョン・ケージ、ケルアック、エーリッヒ・フロム、ハイデガー、ヤスパースらが大拙と対話している。
碧海寿広の『鈴木大拙』は、西洋における仏教発見の歴史を踏まえながら、その96年の生涯を見通しよく、語り尽くす。それは稀なる「尻上がりの人生」だったと。長い不遇時代の末、学習院教授(あだ名は「河童」)として英語を教え、ビアトリス夫人と結婚し、安定した生活を得るのは40歳を過ぎてからだった。
大拙の活躍の場は、日米半々で、そのいずれでも人との出会いに恵まれた。国内に限っても、金沢時代の同級生・西田幾多郎、東京時代の下宿仲間・安宅弥吉(安宅産業を創設。大拙をずっと資金援助)、円覚寺参禅時代の師・今北洪川と釈宗演。宗演は「大拙」という号を授け、講演原稿の英訳者として起用する。大拙が訪米できたのは、宗演のアメリカ講演旅行の通訳としてだった。

大拙の生涯は、禅を中心とする大乗仏教の思想を世界に伝えることにあった。そのため、英文の著作が多い。戦後は昭和25年(1950年)から、再び北米で暮らす。「東洋の賢者」として迎え入れられ、最も華々しい時代となった。
著者も、また私も、最も興味をそそられるのは、それ以前、戦中期から占領期にかけての大拙のありようである。その間に書かれた『日本的霊性』は、「そのドメスティックさにおいて際立っている」が、「他の凡百の日本礼賛本」とは違う、古典的な名著となった。日本に深い宗教意識(「霊性」)が顕現したのは鎌倉時代以後であり、それは禅と浄土系思想に代表される。戦時体制下にもてはやされていた神道(特に国家神道)を、宗教性が欠如していると批判したのだ。
「敗戦の原因は霊性の不足にあった」とする大拙は、『霊性的日本の建設』という日本再生プランをすぐに提出する。そこでは、「天皇制を仏教の観点から再構想」するが、残念なことに、それ以上は深められることはなかった。
大拙は死の前日までふつうに暮らした。碧海が最晩年の大拙を描いている。
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