今春、講談社が主宰する吉川英治文庫賞という賞をいただいた。文芸出版の経済的主柱である文庫本のシリーズに贈られる数少ないおおきな賞である。
受賞が決まったときは、うれしいというより「やれやれ」という安堵感が強かった。吉川文庫賞はまだ11回目と比較的新しいのだが、そのうち8回もぼくは候補に挙げられていたのだ。講談社の担当に訊くと、落選回数7回は最高(最悪?)記録だという。ということはこの受賞まで、春になる度にほぼ毎年残念でしたの一報を受けていたのだ。立派な賞ハラスメントである。
当然、今回も駄目だろうと思い、選考会の時間にはスマートフォンを置いて、近くのスーパーに翌朝のパンと牛乳を買いにいっていた。自宅に戻ると、スマホがなぜか点滅している。落選の通知なら、いつものようにラインでいいのに。
折り返しかけると、いきなり逢坂剛さんから「衣良ちゃん、受賞おめでとう」と祝福の言葉。背後には拍手の音がする。おや、おかしいな、また選外のはずなのに……とそこで気がついた。毎年恒例の落選祭りが、とうとう終わったのだ。それはもう安心というか、安堵というか、誰だってほっとしますよね。

トランプ大統領は辞書に載っている最も美しい言葉は「関税」だといったけれど、ぼくならばやはり奥ゆかしい極東の国らしく「忖度」を選びたい。いつまでも候補作を店晒しにすると、埃をかぶって古びてくるし、後続にはいきのいい作品が多数渋滞している。なんといっても文庫シリーズは花盛りだ。そろそろ古参に花をもたせて退場してもらうため、このあたりで賞をやっておこう。選考会では心優しい「忖度」が忍びやかに美しく働いたのだろうと、勝手に考えている。
受賞作『池袋ウエストゲートパーク』シリーズは、ぼくのデビュー作で、1997年からほぼ1年に1冊ずつ書いているホームグラウンドのような連作である。もう30年にもなるのだ。自分でも驚いてしまう。第1作が受賞した文藝春秋のオール讀物推理小説新人賞という賞自体さえ、もう何年も前になくなってしまった。
ほんの思いつきで、初めて書いた街の少年たちのミステリー連作は、テレビドラマがヒットして伝説となり、マンガになり、舞台になり、アニメになり、この秋には人気声優を集めた朗読劇になりと、あちこちから企画の手が挙がり続ける、とても幸運なシリーズとなった。
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