2人の総理に仕えた“忖度なき”官僚政治家
後藤田正晴がいま思い出されてならない理由の一つは、その「真正保守」としての政治力にある。
その核心には体験に裏打ちされた非戦の構えがあった。それは左派やリベラルの立場からの、理念による平和主義とは異なる、戦争経験者としての存在を賭けた意志表示であった。後藤田はよく「わしの目の黒いうちは憲法改正は許さない」と言っていたが、その言葉には独特の凄みがあった。軍事が政治のコントロールを踏み外して暴走すると恐ろしい事態を招来すると後藤田は何度も口にした。
戦争への警戒が失われ、国家主義的右派と呼ぶしかない高市政権が軍事に傾斜して「強い国」を目指すこの時代に、政界には一人の後藤田もいないのかという深い嘆息が漏れるのを抑えることができない。高市への支持率が減少しつつあることは、生活者の実感に基づく「自然的保守主義」が、高市の国家主義的右派を許容し得なくなっていることを示す。「自然的保守主義」とは、宏池会の理論的支柱であった前尾繁三郎による用語であるが、それこそが「真正保守」の深部にある態度である。

評伝『後藤田正晴 異色官僚政治家の軌跡』(文藝春秋、1993年)を書くための1年半にわたる月2回の取材と、その後、本音を語り合う関係を結ぶようになってからの会話などから得た秘話も含めて、いまこそ語られざる後藤田像を彫り上げておきたい。

あるとき後藤田が、国会を歩いていると社会党の女性議員数人から声をかけられたという。彼女たちは後藤田に、「先生、我が党の委員長になってください。先生は護憲派なんだから」と頼んできたそうである。後藤田は苦笑まじりに話してくれたのだが、これは笑い話では済まない内実をはらんだエピソードであろう。つまり、戦争を体験し、その歴史の教訓をもって戦後の平和を誓い、その意志を、大衆が共感するやり方で政治的に実践するという象徴的な人物が社会党にはいなかったということである。
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