著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、黒田杏子さん(俳人)です。
母のこゑ節分草の咲くころね 杏子
母は95歳で亡くなるまで、句作に打ち込んでいた。私には姉兄妹弟が居て、私はその真ん中の5人きょうだい。
私たち夫婦には子供が居ない。広告会社に60歳定年まで在籍させてもらった私は、母とよく旅に出た。京都に桜を訪ね、「風の盆」の八尾に泊まり、節分草や片栗の花を訪ねて山奥の村まで行ったりした。父は開業医で、東京大空襲で焼失した東京本郷の家から、生まれ故郷の栃木県南那須村に還った。赤ヒゲの斎藤光さんと呼ばれ、真夜中も往診に出かけ、5人の子に大学教育を授けた。
母はとびきりの読書人。『チボー家の人々』などを夢中で読んでいた。
母は子供たちを叱らない。それぞれの長所を見つけて、誉める。羽仁もと子先生を尊敬し、料理の腕前は抜群だった。菊の葉の天ぷら。ミートローフ。落鮎の甘露煮。お煮しめ。茄子の漬物。三つ葉入りの卵焼き。鶏のつくね団子。焼豚。ライスカレー……挙げればきりが無い。
私は現在も手紙か葉書を書かない日は一日も無い。便箋・封筒・絵葉書・京都唐長のはがきその他山のように所持している。いい絵柄のものを入れる切手箪笥を持っていて、おそらく生きている期間に使い切れない量のストックがある。
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source : 文藝春秋 2020年2月号